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こんにちは、まちゃです。

いよいよ、あと一週間ほどで帰国となりました。
ということで、今日は帰国後のプランについて少し。

日本に帰ったら、鎌倉以外に暮らしの拠点を持ちたいと僕たちは妄想しています。
で、どこに行こうかなぁ、というのが帰国してからの大きなテーマの一つ。
出来ればもっと山奥に行きたい。
山奥といっても、地域によって、過疎化する地域があったり、移住者を積極的に受け入れて、人口が増えている地域があったり、色々だ。

川で瞑想
メキシコのパーマカルチャーサイトにて。水がキレイなところに住みたい。

ロバライフ
移動はロバで。電気はソーラーパネルで。調理はソーラークッカー。シャワーは太陽熱温水器。そんなオフグリッドライフを妄想している。

今のところ、一つの選択肢として考えているのは地域おこし協力隊の利用。
地域おこし協力隊は、受け入れ自治体が年々増えていて、自治体間で人材の取り合い状態になってきているそうだ。
積極的に協力隊員を活かして地域おこしに取り組んでいる自治体もあれば、制度があるからとりあえず受けいれているというだけの自治体も少なくない、と聞く。
自治体と隊員の適切なマッチングは、重要視されるべきものだと思う。

地域おこし協力隊制度の利用を考えてはいるものの、はっきり言って、僕たちは「地域おこし」をしたい訳ではない。
自分たちが妄想するステキな暮らしをカタチにしたい。
ただ、それだけ。

暮らしをはじめたら、もちろん地域の人や自然、資源と深く関わっていくことになるし、
その土地の歴史や文化に徐々に触れていくことになると思う。
生活の中で、少しずつその地に馴染んでいけたらいいなと願っている。
そうして暮らしをカタチにしていくその過程で、僕たちがしたいこと、していること、が結果的に「地域おこし」に繋がったらいいな、と思っている。

だから、僕たちには、「ここの地域に行きたい」という特定の場所があるわけではない。
ただ、気兼ねなく、やりたいことをやりまくれる地域であればどこでもいい。
僕たちが妄想している暮らしを、「いいね、それ!うちの地域でやってみてよ!」、と言ってくれる懐の広い地域がないものかと考えている。

そんな「来るもの拒まず」のオープンな地域におじゃまさせてもらって、ステキな暮らしをまずはじめたい。
僕たちみたいな得体の知れないよそ者でも、「ウェルカム!」と言ってくれる地域なら、どんなところであれぜひ行ってみたい。

逆にそれが言えない地域は、今後とも過疎化が止まらないのかもしれない。
でも別にそれはそれでいいと思う。
過疎化する地域にとっては、そのまま閉じていく、ということも重要な選択肢の一つなのだから。
場合によっては、そうやって「地域の閉じ方」を議論していくことも、必要なことだと思っている。
大事なのは、それぞれの地域に住む人々がどの道を選ぶのか、今後地域がどうなっていくことを望むのか、ちゃんと議論されていることだ。

ガブちゃん家
コスタリカのファームにて。おうちはセルフビルドでした。僕たちもやりたい。

ピワカワカ
ニュージーランドのアワアワロア・エコビレッジにて。セルフビルドなら、こんなナチュラルコブハウスもいいなぁ。

牛さん
エコビレッジでは、みんなで牛を飼ってミルクを取っていた。コミュニティで動物を飼うのもいい。


さて、そんな僕たちの妄想をカタチにしていくのに、ぴったりな地域と、どうしたら出会えるだろうか?
何かいい仕組みは無いものか。
そこで考えた。

こちらから逆に求人を出せばいいんじゃないか。
はい!と手を挙げて、地域の方に僕たちを見つけてもらう。
もし、「ここにおいで」って言ってくれるところがあるならば、自分たちだけで無限とある地域から移住先を探し出すよりも、合理的。
移住者を募る地域の方から、移住希望者を獲得しにいく。
これからの時代は、そんなマッチングの仕組みがあったっていい。

これまた、新しい仕組みじゃないか。
移住希望者が自分をPRして、地域側がそれをみて「うちに来てくれ」と移住先のオファーをする。
そんな『逆求人サイト』があれば、結構世の中のためになる気がする。

≪逆求人! こんな移住者、いりませんか?≫
・30歳夫婦
・(夫)元・農系出版社勤務 (妻)ソーシャルワーカー
・少子化対策に貢献(予定)
・よく食べ、よく寝て、よく働き、よく遊ぶ
・趣味 散歩、旅
・世界中にステキ暮らしネットワーク構築中

◇やりたいこと◇
・田舎で子育て
・オフグリット生活
・自然農、パーマカルチャー
・セルフ&ナチュラルビルド
・自伐林業
・コミュニティ内自給
・きまぐれカフェ、青空シネマ、お家図書館
・気功、太極拳、合気道
・身近で日常的なリトリート
・ホームスティ受け入れ
・楽しいこと、必要とされていること、なら何でもします。

ということで、僕たち夫婦の受け入れ地域を募集します。
僕たちに「ぜひ来て欲しい!」、「あなたの妄想をここでカタチに!」、という地域の方々、いらっしゃいましたらお気軽にご連絡を。
応募多数の場合、現地面接、現地体験移住を経て、最終決定を行います。


・・・、な~んてね。
でも、結構本気でそう思っている。
こんな感じで、移住先が決まったら面白良いなぁ。

とまぁ、そんな妄想はひとまず置いておくとして、今の時点で、僕たちが実際に注目しているのは奈良県南部あたりの地域。
色んな点で、僕たちの理想に近いエリアかもしれないなぁと思っています。

帰国して、落ち着いたら、軽トラを手に入れて、二人で奈良県南部や和歌山南部あたりのエリアをwwoofとかしながら、じっくり回ってみようかと思っています。
もしかしたら、ステキな巡り合わせがあるかもね。

ということで、夢は尽きない僕たち二人。
ではまた!

まちゃ
<記事>2015年12月 アメリカ合衆国 アリゾナ州 グランドサークル
<現在地>ミャンマー ニャウンシュエ

こんにちは、まちゃです。

昨日まで、カローという町から、今いるニャウンシュエというインレー湖畔の町へのトレッキングをしていました。
2泊3日で65kmのトレッキングです。
トレッキング中は、リアルな秘境の暮らしが垣間見れて、大満足。
それにしても、かなりいいです、ミャンマー。
この国を歩いていると、僕も見たことが無い、昔々の日本に来ているような感覚に陥ります。
ミャンマーについての記事は、また別の機会に改めて書こうと思いますが、僕の中では、ミャンマーは東南アジアの中でも一番好きな国になりました。

さて今回の記事の舞台は、引き続きアリゾナです。
雪も降り積もる真冬のアリゾナで、連日の極寒キャンプを経験した時のお話。

ナバホ族のファミリーの家でホームステイをしたあと、僕たちは1週間かけて、レンタカーでグランドサークルを回りました。
グランドサークルとは、アリゾナ州レイクパウエルを中心とする半径230kmの範囲内に、8つの国立公園と、多くの自然・文化公園が存在しているエリアのこと。
僕たちはそのエリア内の中でも、セドナ、グランドキャニオン、モニュメントバレーの3つのスポットに、それぞれ2泊ずつ泊まって、じっくり見て回ることにしました。

お金を節約したい!というのと自然をまるごと満喫したい!ということで、グランドサークルドライブ旅では、泊まりは全てキャンプ泊をしようと決めていました。
時は12月の中頃で、アリゾナは冬真っ只中。
行く前にも、ネットでグランドサークルのキャンプ泊情報を探してみたのですが、出てくる情報は、ほとんど夏の情報ばかり。
冬にはキャンプ場は閉まるところも多いらしく、冬にキャンプして回ってる人の情報は全然出てこない。
自分達だけでキャンプするのも、初めてだったし、わからないことだらけの挑戦でした。

で、実際やってみてどうだったか。
結論から言うと、僕たちは、1週間全てキャンプ泊だけで乗り切ることに成功しました。

めちゃめちゃ寒かった!もう人生で一番寒い経験でした。
でも僕たちは、この経験でアウトドア活動の魅力に完全に目覚めました。
アウトドアほぼ素人だったけど、あれほど寒いキャンプを経験してからは、もう大抵のとこでなら楽々キャンプできるんじゃないかと自負しています。

さて、グランドサークルドライブ旅の最初に僕たちが向かったのは、セドナという場所。
ここはパワースポットとして有名。
あちこちに地球のエネルギーが渦のように噴出している場所があるとされていて、その場所はボルテックスと呼ばれています。

カセドラルロック
四大ボルテックスの一つカテドラルロック。

ボルテックス
ボルテックスでよく見られる、ねじれている木。噴出してる強い地球のエネルギーでこうなっちゃうんだとか。

さて、セドナに着いてから、さっそく町のビジターセンターで、キャンプ場について聞いてみたところ、セドナの町のなかにあるキャンプ場は、冬の間は全て閉まっているとのこと。
「まじかぁ、やっぱり真冬のアリゾナでキャンプなんて無謀なのかなぁ。」とビビリつつも、「隣町のキャンプ場なら唯一、冬でも開いている。」とのことなので、そっちへ行ってみることに。

無事キャンプ場にたどり着いたけど、時間が遅くて、薪売り場も閉まっていたので、火は焚けず。
キャンプしている人はほぼ皆無。
キャンピングカーで泊まっている?住んでいる?人たちはいるようだけど、ぼくたちは安いテントサイトでテントを張ることにしたので交流もなく。
寒すぎて何もすることができず、テントの中で買っておいた缶詰とかを冷たいまま食べて、すぐさま就寝。

・・・のはずが、
夜は寒さのあまり、数時間おきに目が覚める(笑)。
それでもなんとか朝を迎えることができたけど、よく見てみると、テントの中も、寝袋の表面も真っ白に凍ってました。
さて、「出発するか」とテントを片付けようとするけど、寒すぎて手が痛すぎて、テントに触れるのもしんどい。
手とか顔とか痛すぎて泣きそうになって、テントをほっぽりだして、車の中に閉じこもり、しばらく現実逃避する僕。

「いかんいかん!」と気を取り直して、再びテントの片付けに取り掛かろうとするものの、はぁやっぱ辛い!

ふと、横を見ると、なんと、はるが泣いているではありませんか。
ご、ごめん、俺が現実逃避していたせいか?
いや、それとも寒すぎて辛すぎて泣いているのかな?

と思っていると、今度ははるが笑いだした。
泣きながら、笑っている。
一体彼女の中で何が起こっているんだろうか?

と、あまりの寒さで精神的によくわからない状態になる二人でしたが(笑)、朝日の温もりに元気付けられながら、なんとか片づけを済ませキャンプ場をあとにしたのでした。



セドナの隣町で2泊したあと、僕たちはグランドキャニオンへ向かいました。
グランドキャニオンはセドナよりも寒いという情報。
行ってみるとセドナよりも雪が大分積もっていました。
でも、キャンプ場は一部だけ空いていて、テント泊してる人も意外といました。

テントwith雪
こんな感じでテント泊していた。ちょうど数日前に雪が降ったところだった。

ここでは、薪を買って、火を焚くことも出来ました。
で、思ったのが、やっぱり同じキャンプでも、火があるのとないのとでは、面白さが全然違う!
火をおこしながら、「あ、俺、キャンプ好きかも。いや、好きだわ。」とはっきりと確信しました。
火があれば暖かいご飯も食べられるし、暖をとれて心が安らぐし、焚き火の炎をみているのは全然あきない。
火がなかったら味気なくて、キャンプというか、ただの野宿とあまり変わらないですもんね。

あと、キャンプをしてみて気がついたのは、この旅を通して知らないうちにサバイバル能力が少しずつ上がっていたのかな~、ということ。
例えば、火のおこし方とか、直火でのご飯の炊き方とか、これまでの旅の中で身に着けてきた能力がこのキャンプ中にいかんなく発揮されていたように思う。
キャンプといっても、調理器具を一式揃えているわけではないので、空いた缶詰でご飯を炊いてみたり。
限られた薪を慎重に使いながら、いかに火を長くもたせられるか予想をつけて考えたり。
自分たちで考えて、工夫して、なんとかやっていく力も身についた。
もし、これまでの旅の経験がなかったら、今回のキャンプは自分たちだけでは乗り切れなかったかもなぁと思います。
旅は気付かぬうちに人を逞しくさせるものです。

空き缶ご飯
火があれば、ご飯も温かいおかずもデザートも食後のコーヒーも用意できる。火って素晴らしい。

火星的グランドキャニオン
グランドキャニオンはまるで地球じゃないみたいだった。だんだん目が慣れてきちゃったけど。

ちなみに一晩泊まってから知ったんだけど、その日のグランドキャニオンの夜の気温はマイナス10度くらいだったらしい。
あとで知って二人でびっくりした。
確かに、めちゃくちゃ寒かったもんなぁ。でも意外といけたなぁ、なんて。
でも、前もって知らなかったからこそ、乗り切れたのかもねぇ、と二人でしみじみ話していました。
もしマイナス10度って数字を知ってたら、余計しんどく感じて、「もう無理!!」ってなっていたかも。
いや、そもそもテント泊でキャンプなんて、早々に諦めてたかも。

今思えば、確かに朝ごはんでシリアルにミルクかけたら、注いだ瞬間にミルクが凍ってましたもんね。
パックから出てきた瞬間、シャリシャリに。あんなの初めて見たし。そりゃ寒いわな。

瞬間氷結ミルク
朝食にはシリアル。注ぐと凍るミルクと一緒に召し上がれ。

ということで、グランドキャニオンで2泊して、続くモニュメントバレーで泊まる頃には、もうすっかり、極寒キャンプに慣れていた僕たちなのでした。

モニュメントバレーです
モニュメントバレーもやっぱりすごかった。テント泊はもう慣れました。

この後、ハワイやオーストラリアやニュージーランドでも何度かキャンプをしたけど、アリゾナ極寒キャンプを経験したせいか、どんなところでも快適で平和なキャンプに感じることが多かった。テントや寝袋が凍らず眠れるというだけで、ものすごく快適だと感じる(笑)。

この旅でキャンプやアウトドアの面白さを知ったので、日本でもぜひ色んなところでキャンプしてみたいなぁと思っている。
日本ではテント泊してもいい場所ってかなり限られてるんだろうか。

あぁ、やりたいこといっぱい。

ではまた!

まちゃ
<記事>2015年12月 アメリカ アリゾナ州ナバホネーション
<現在地>ミャンマー ピンウールィン

こんにちは、はるです。
高原の避暑地に来て、随分安定したわたしたち。
ミャンマーに何のために来たのかなー、なんて考えていたんですが、「何もしない」ことをするために来たのかな、とふと思いました。
シーズン真っ盛りなマンゴーが美味しすぎて、「そうか、ミャンマーにはマンゴー食べに来たんやな!」なんて言ったりして。
だいぶ平和です。だいぶ幸せです。

さてさて、今回はアメリカアリゾナ州でヒッチハイクにチャレンジしていたときのお話。
もう半年も前のことなのか~。時間が経つのはほんとに早いな~。

****   ****   ****

【「きっと大丈夫」。その直感を信じぬくことが大事。】
アメリカでは珍しくはないですが、旅行者は交通手段に悩まされることが多いです。
主要都市から都市へのバスは整備されているものの、街中での移動や、隣街への移動のための足が圧倒的に少ない。

3ヶ月間のアメリカ滞在のスタートは、アリゾナ州でナバホ族の家族のもとでホームステイをさせてもらう予定だったわたしたち。
ホスト宅への行き方を調べたものの、公共交通機関はありません。
バスで行ける最寄の街からホスト宅までの移動は、ホストに片道3-4時間の道のりを迎えにきてもらうか、自力で行くかのどちらか。
往復6時間超の道のりをわざわざ迎えに来てもらうのは気が引けるので、わたしたちは自力で行く道を選びました。

自力というのは、つまり、ヒッチハイク。
アジアや日本では、何度かしたことはあるヒッチハイク。
でもこの旅の中で、本格的な長距離ヒッチハイクをするのははじめてです。
はじめてのアメリカ。しかも、真冬の寒空の下。
どうなるかわからないけど、決めたからには、とりあえずやってみるしかない。
不安を抱えながら、夜明けを待って、さっそくヒッチハイクにチャレンジしてみました。

to page
スケッチブックに行き先を書いて掲げる。慣れるまでちょっと恥ずかしい・・・。

はじめに立ったポイントは、ハイウェイ沿い。車がびゅんびゅん走っている、交通量の多い道です。
持っていたスケッチブックに大きく行き先を書いて掲げます。

何台かはスピードを落として、スケッチブックを見たり、笑顔を向けてくれたりしたものの、車は一向に止まってくれません。
悲しいことに、中指を突き立てたり、
ブーイングサインを浴びせてくる人もいて、かなり精神的にやられました。

ヒッチハイクをはじめて早4時間。
そんなに立ち続けていたのかた思うくらいの時間が経っていました。
朝からはじめたのに、もうお昼に。
まちゃは、顔に生気はなく、疲れ果てて、負のオーラを放ちまくっていました。

まちゃ「もう無理や~、無理やって~・・・。」
わたし「そんなこと言ってても、どうにもならへんで!」
まちゃ「しんどい~、寒いぃ~、もう嫌や~。」
わたし「うちだってしんどい!!そんな顔やったら、誰も止まってくれへんで!!」

そんな会話を幾度となく繰り返し、明らかに落ちているまちゃに渇をいれ続けるわたし。
どうなるのかという不安を抱えながら、まちゃに渇を入れると同時に、自分自身を励ましていました。

でも、そんな状況でも、わたしは不思議と前向きでした。
次の展開がどうなるかとワクワクもしていたのです。
こうなるだろうことは予想していたし、始めの1台さえつかまれば、そのあとはきっとうまくいく。
諦めたらおしまいだ。きっと誰かが
拾ってくれる。
そう信じて、ハイウェイ沿いに立ち続けたのです。

ハイウェイ89
ルート66より断然思い出深いハイウェイ89。

そんな時、一人の男性がまちゃのもとに来て、何か話をはじめました。
ロングヘアーに浅黒い肌、大きな目と大きなからだ。
みるからに、ネイティブを思わせる風貌の男性でした。

彼は、「ここでは一日中立ち続けていても誰もとまってくれないよ。ここからしばらく行った街の端なら、もっと簡単に止まってくれる。」
そういって、丁寧にヒッチハイクポイントを教えてくれました。
「夕方になるともっと寒くなるし、車も減る。でも、今からすぐに移動したら大丈夫だから心配しないで。グッドラック!!」
そういって笑顔で去っていった男性はナバホのおじさん。

おぉ!!なんてありがたい情報!ありがとう、ナバホのおじさん!
急に希望の光がみえてきました。
大急ぎで、彼に教えてもらった場所に移動し、改めてヒッチハイクを再開しました。
交通量は減ったものの、目的地に続く一本道。
さっきまでのハイウェイ沿いとは違って、通り過ぎるドライバーの視線も幾分柔らかく感じられる・・・。

望みを捨てず、ボードを掲げて立つこと30分ばかり。
ようやく一台の車が止まってくれました。わたしたちを拾ってくれたのはナバホの女性。
バンの荷台に乗せてくれて、目的地より二つ手前の町まで、1時間ほど乗せてもらうことができました。

お礼を言って、次のヒッチハイクに臨みます。
まだまだ先は長いぞ・・・と思っていたら、こちらがヒッチハイクを始める前に声をかけてくれたのは若い男性。
この男性もナバホの方でした。
「途中までになるけど・・・」と親切に申し出てくれ、家族が運転する車に乗せてくれました。

その後も、苦戦することなく声をかけてくれる人が現れて、最後には随分遠回りになるにも関わらず、わざわざ最終目的地まで送ってくれる方もいて、無事に目的地のホスト宅にたどりつくことができました。
なんとかなると思ってた通り、やっぱり最後はなんとかなった。

to page2
辺り一面赤い大地の絶景だけど、はじめはヒッチに必死で景色を楽しむ余裕もなかった・・・。

「なんとかなる」「きっと大丈夫」、そう感じる直感は不思議と外れることはありません。
根拠のないものなので、危ないといえば危ないんですが、いつも直感を信じるとうまくいくのです。
逆に、「んー、大丈夫かな?心配やな。」そう感じるときは、たいていの場合うまくいかない。
今回も直感を信じた結果、無事に目的地まで到着でき、優しい人たちに出会える貴重な経験ができました。

直感に敏感であること。直感を信じ抜くこと。
これって、自分が思っている以上に大切なことなんだと思います。


【純粋に人を思う気持ちが「優しさ」だと思う。優しい人は、どこででも、誰にでも、変わらず優しい。】
ヒッチハイクがこんなにスムーズにいくようになった一つの理由は、リザベーションというナバホ居留地に入っていたから。
リザベーション内ではヒッチハイクは日常的なことのようで、ナバホの人たちは当然のこととしてお互いに助け合っています。
わたしたちもヒッチハイクをしているときに、同じようにヒッチハイクをしているナバホの人を見かけることがありました。

ありがたいのは、ナバホの方たちはわたしたちのようなよそ者も変わりなく拾ってくれること。

わたしたちはホームステイ中も、時間がある日はヒッチハイクで近くの名所に出かけていました。
途中、普通に道を歩いて散歩しているだけでも、車を止めて声をかけてくれるナバホの方がたくさんいます。
水分補給のために道端で休憩していたときなんか、「大丈夫か??」と車から駆け下りてきてくれた方もいました。
ヒッチしていないのに、車が止まる。求める前に、向こうから手を差し出してくれる。

おそらく、ヒッチしているから「乗せてあげよう」と車を止めるのではなくて、そこに人がいるから「どうしたのかな」と反射的に車を止める。
色々と考える前に、先に体が動いている。純粋に人を思う気持ちからくる行動。そういう優しい行動を自然ととれる人たちなんだと思います。

ただ無条件に差し出される優しさ。
そんな優しさに触れて、すごく心が満たされたというか、救われたというか。
人を思う気持ちからくる見返りの無い純粋な優しさは、人を救う。
そんなことを学んだ経験でした。

ホースシューベンド
ヒッチで行ったホースシューベンド。拾ってくれたのは陽気なメキシコ人男性だった。

もう一つ学んだこと。
一度、ヒッチをしているときに、休暇で旅行しているというアメリカ人(ニューヨーク出身)のカップルに拾ってもらったことがありました。
ヒッチハイクで廻っていると言うと、「僕たちにはできないよ、アメリカ国内でヒッチするなんて考えたこともない」と大層驚かれました。

自分たちはヒッチなんてできない。そうは言いながらも、ヒッチハイカーのわたしたちを拾ってくれた優しいカップル。
「貴重な経験だね、よい旅を!」といって見送ってくれた二人はとても爽やかで温かくて、本当に失礼ながら、「親切なのはナバホの人たちだけじゃない」って思ったのです。

他にもわたしたちを拾ってくれた、メキシコ人の男性も、ポートランド出身の女性も、申し訳ないくらいとても親切にしてくれました。

ナバホのリザベーション内だから、ナバホの人たちだから、優しくしてくれる。
それって大きな思い違い。
優しい人はどこにでもいるし、本当に優しい人は、どこにいても、誰に対しても、変わりなく優しい。
わたしたちを拾ってくれた、あのドライバーたちのように。
わたしもそうありたい。どこにいても、誰に対しても、変わらずに優しい心で接することができる人でありたい。
人の温かい優しさに触れて、心からそう思ったのでした。

ホースシューベンド瞑想
目的地に着いた後は、ぼーっとして、人の優しさの余韻に浸っていた。

【目の前にいるその人を、「疑ってかかる」のではなく、「疑わない」からはじめたい。】
ヒッチハイクをしながら、ふと考えていたこと。
自分が車を運転している側として、身を置き換えてみたら・・・。

道端に誰だかわからない若者が立っていたら、はたして車を止めて声をかけるだろうか。
「止めようか、どうしようか」と迷っているうちに、さっと通り過ぎてしまうのでは。
そもそも、迷う前に「怪しい人かも」「自分には関係ない」って見てみぬふりしちゃうかも。

わたしたちの姿を見て、迷うことなく止まってくれる人たち、笑顔で話しかけてくれる人たちに出会って、人って知りもしない他人にこんなに優しくできるんだ、って驚きました。
素性の知れぬ旅人を、疑うことなく助けてくれる親切な人たちに、ただただ感謝の気持ちでいっぱいになりました。

よく、「近づいてくる人は疑ってかかれ!」「知らない人には近づくな!」みたいなことを聞いたりするけれど、わたしはそうはありたくない。
自分の身を守ることは何より大事。
でも、相手を疑がってかかるよりも、敬遠するよりも、自分を守る方法は他にもあると思うのです。

思い出したのが、旅をしているとよくある現地の人との関わりについて。
「日本人か?どこから来た?」と突然やたらとフレンドリーに話しかけられると、「ん?何だこの人、ぼったくりに来たのか?」と身構えちゃったりします。
でも、会話を重ねていくうちに、その人はただ日本に興味があるだけだったり、観光客がめずらしくて話しかけてきただけだったり、ということがわかってきます。
(中には実際にぼったくろうとしてくる人ももちろんいるので、相手をみる必要はあるけれど)
話をしていく中で、時には家に招かれたり、ローカルな穴場を紹介されたり、と思いがけない面白い展開になっていって、忘れられない旅の思い出になることも。
それも「怪しい」と疑ってかかって、こちらからシャットアウトしてしまったらそこでおしまい。
何も関わりが生まれず、もったいないことになってしまいます。

知りもしない他人だからこそ「疑ってかかる」のではなくて、「疑わない」で関わってみる。
オープンな心で向き合う。まずはそのことからはじめたい。そう改めて思ったのでした。

.アンテロープキャニオン2
ヒッチで行ったアンテロープキャニオン。すごい景観だったけど、ヒッチの思い出の方が記憶に残っている。

【ヒッチハイクは最高の自己分析手段
やってみて、気付いたこと。
それは、ヒッチハイクは自己分析に最適だということ。
ヒッチハイクは、自分の弱さと向き合う、精神の修行。
そして、自分の強さを知る、絶好の機会。

ヒッチハイクをしていると、気付かないうちに自分本位の感情が膨れ上がってきます。
初日にヒッチハイクをはじめた当初、全然車を止めてくれる人がいなくて、「なんで誰も止まってくれないの?」って思ってました。
うまくいかない原因を他人(ひと)に求めて、「なんで相手は~」って、勝手に他人(ひと)のせいにしようとする。
ヒッチハイクをしようと決めたのは他ならぬ自分なのに。

そして、しんどいと言って座りこむまちゃをみて、「なんでわたしばっかり頑張ってるの!」ってイライラする。
「わたしばっかり~」ってひがんでしまう心が出てくる。
まちゃだって、同じくらい頑張ってくれているのに。

いやいや、そうじゃない。
途中ではっと気付いて自分に問いかけます。

「自分でやると決めたヒッチハイク。うまくいかないのを他人(ひと)のせいにしていいの?」
「誰に強制されてるわけでもない。しんどかったら休めばいいだけじゃない?」

そんな会話を自分自身としながら、ともすれば責任転嫁してしまう自分の弱いところと向き合って、
「もうちょっと頑張れる」「自分で決めてやってるんだから」って自分の意志を確認していました。

また、先に書いたように、「きっとうまくいく」という直感を信じて進むこと。
諦めかけているまちゃをうまく鼓舞しながら(うまく、ではないか・・・笑)、引っ張られずに頑張れること。
自分たちを拾ってくれた方、はじめましての方との出会いを大切にコミュニケーションを楽しむこと。
そんな自分の強みも再確認できたと思います。

ヒッチハイクをしていると、自分の良いところも、悪いところも、弱いところも、強いところも、全部クリアにみえてきて、しんどいけれど面白いです。
そして、学ぶことがめちゃめちゃあります。ヒッチハイク、やってみて良かった。
一風変わった自己分析をしたい人には、ヒッチハイク、お勧めです。
(もちろん、場所や時間を考えて、自分の身の安全を第一に!)

アンテロープキャニオン
人が少なくて、ゆっくり観れた。アリゾナ観光は冬が狙い目!


というわけで、今までにない貴重な経験をさせてもらったヒッチハイク。
旅の間だけでなく、帰国後もちょくちょくやってみたいと思っています。

では、また!
はるみ
<記事>2015年12月 アメリカ合衆国 アリゾナ州 ナバホネイション
<現在地>ミャンマー ピンウールィン 

こんにちは、まちゃです。

暑すぎたマンダレーからピンウールィンという町に移動してきました。
ここピンウールィンは高原の町で、イギリス植民地時代から避暑地として人々が訪れてきた場所だったそう。
確かにこの町に近づくにつれ、外の空気が澄んでいき、自然の空気に変わってくるのがはっきりわかる。

着いてみると、涼しいし緑も多いし、日本で言ったら軽井沢みたいな感じでしょうか。
今泊まってる宿も、約100年の歴史があるコロニアル調の洋館ホテルで、とてもステキ(宿代も安かった!)。
あたくし、もう気分はすっかり文豪です。
執筆に集中するために軽井沢の別荘にやってきた文豪です。
ということで、数日ここで滞在して、ブログ執筆にも取り組んでまいりたいと思う所存です。

さて、今日からまた時間が前後しますが、何回かに分けて、昨年12月ごろ滞在したアメリカ、アリゾナ州でのお話を書こうと思います。

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突然ですが、みなさんは、「虹の戦士」というお話をご存知でしょうか?
それは北米先住民族の間に伝わるお話。

『地球が病んで、動物たちが姿を消しはじめる時、まさにそのとき、みんなを救うために虹の戦士があらわれる』、
というお話です。

このお話には、部族によって色んなバリエーションがあるらしくて、もっと長い話もあります。

僕は、北米先住民族の精神や物語が大好きなのですが、その中でもこのお話は一番好きな話です。
この話を読むと、未来の世界に何となく希望を感じることができます。

このお話のことをもっと知りたい、という方は、北山耕平さんという方が翻案をされた「虹の戦士 Warriors of the Rainbow」という本が太田出版から出ているのでぜひ読んでみてください。

虹の戦士
「虹の戦士」の本。ずっと持ち歩いて旅してます。

その「虹の戦士」の本の中から、印象的だった文章を少しだけ紹介させていただきます。

『地球が病んで、動物たちが姿を消しはじめ、人々が健康を失って愚かな振る舞いを始める頃、つまり、地球の変化が激しくなって「偉大なる浄化の時」が始まると、伝説や、物語や、古い教えや、儀式や、神話や、太古の部族の風習などを、しっかりと守り続けてきた者たちの時代が到来する。』

『虹の戦士とは、自分が好きになれるような世界を作るために、なにかを自発的に始める人たちだ。正義と、平和と、自由に目覚め、偉大なる精霊の存在を認める存在。日本列島は、母なる地球は、その人たちの到来を必要としている。』

『愛と喜びをみんなの間にひろげることだけが、この世界の憎しみを理解と優しさに変えることができる。』


これって、まさしく今の時代のことを予言しているような気がします。
僕が初めてこの本と出会ったのは、この旅で最初に訪れた国、タイのパーマカルチャーファーム・タコメパイに滞在したとき。
本棚の奥にホコリだらけになって、眠っていたのを見つけて読み、すごく感銘を受けたので、そのままもらってきました。
以来、この本とずっと一緒に世界を旅していて、今でも時々読み返しています。

と、いうこともあって、今回の旅では、ぜひ北米先住民族の暮らしも訪ねてみたいなぁ、とずっと思っていました。
そして、実際に2015年の12月、僕達はアメリカ・アリゾナ州のナバホ・ネイションを訪れ、ナバホ族の家族のおうちでホームステイさせてもらうことになりました。
ちなみにナバホ・ネイションとは、アメリカ合衆国のアリゾナ州、ユタ州、ニューメキシコ州にまたがって位置する、ネイティブアメリカンの準自治領のことです。

ナバホ族の「虹の戦士」に出会えたらいいなぁ、とそんな気持ちもありながら、僕たちはナバホ・ネイションへやってきたのでした。

しかし、ホームステイさせてもらった家庭での暮らしは、かなり現代的で消費的な生活、いわゆる伝統的なナバホ族の暮らしとは大きく違うものでした。
「虹の戦士」のお話の中で描かれるようなスピリットとともにある暮らしは、そこでは経験することができませんでした。

とはいえ、お世話になった家族は、みな仲良しで、いい家族だったし、そういうギャップがあることは、行く前から予想もしていました。
ナバホファミリーでの滞在は期待するものとは少し違ってはいたけれど、同時に大切なことを再確認することができました。

それは次のようなこと。

「虹の戦士」のお話は、決して北米先住民族だけのための話ではない。
国籍や人種や宗教などのあらゆる違いも関係なく、誰もが「虹の戦士」になりうる存在だということ。
そして、北米先住民族に会いに行かなくとも「虹の戦士」には世界中どこに行っても出会うことができる、ということ。


「虹の戦士」の本の中にも、

『重要なのは血ではなくて生き方だ』、とあります。

また、

『われわれは、もし望むなら生き方そのものを変えることができる』、とも。

日々の暮らしの中で感じた違和感と向き合い、それを本気で変えるために、行動を始めた人は皆、「虹の戦士」だと言えるのでしょう。
僕たちも、この旅の中で、「人にも自然にも負担をかけたくないなぁ。」と心から実感することが、たくさんありました。
そしてその実感が、自分達の暮らし方を本気でステキにしたい!という想いをさらに強めました。
あとは、ただただ想いをカタチにしていくだけです。

今回の旅で、試行錯誤しながらも、「自分が本当に望む暮らし」をカタチにし続けている人々にたくさん出会うことができました。
彼らは皆、「自分が好きになれる世界を作るために何かを自発的に始めている人たち」でした。

僕達の、「世界のステキ暮らしを訪ねる旅」は、まさに「世界の虹の戦士と出会う旅」だったなぁ、と感じています。

北米先住民族の間で語り継がれ信じられてきた、「虹の戦士たちの到来」は、今、着実に、そして同時多発的に、世界中で起こっています。
僕達も、そんな虹の戦士たちのあとに続きたい!と思います。

僕はぜひとも、今回の旅で出会った虹の戦士たちと、今後も継続的にコミュニケーションをとり続けたい。
互いの暮らしの拠点を行き来したり、情報を交換したりしながら。
そんなことを考えながら、少し先の未来に想いを馳せて、僕たちはいつもワクワクしています。

そして日本に帰ってから、日本の虹の戦士たちと、もっともっと出会って、繋がっていくことも、すごく楽しみにしている。
虹の戦士は世界中どこにでもいる。
もちろん日本にもたくさんいるはず。
あぁ、はやく帰国したい。

アリゾナの夕日
ホームステイ先でいつも見ていた夕日。とても幻想的だった。

最後になりますが、もう一つだけ言っておきたいこと。
それは、出会ったナバホ族の人たちはみんな素晴らしく優しい人たちだったということ。
困っている人がいたら助けるっていうことが、驚くほど自然に出来る人たちでした。
僕は、彼らの優しさに何度も心が救われました。
特にヒッチハイクをした時に、そういうことをよく感じました。
その話はまた次回にしたいと思います。

ではまた!
まちゃ
<記事>2016年4月 オーストラリア タスマニア
<現在地>ミャンマー マンダレー

こんにちは、はるです。
この旅最後の訪問国、ミャンマーに来ております。
久しぶりのアジア。
暑いし、騒々しすぎるし、ちょっとおされ気味ですが、急ぐ必要もないし、マイペースにいこうと思っています。

さて、今日の記事は、タスマニア滞在中の食について。
やっぱり食べるの大好きー!なわたしたちが味わった美味しいタスマニアでの食事レポートと、わたしたちが考える食への想いについて。

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<畑から食卓へ 楽しみの種類も量も格段に増す自給自足>
お世話になったパーマカルチャーファームではほとんどの野菜を自給しています。
ホストのポールは通年に渡ってたくさんのボランティアを受け入れています。
たくさんのボランティアをホストするには食費がかさむもの。
でも、ここではボランティアの力も借りて、様々な野菜を育てていて食べるものには心配がありません。

いつもその日に採れる野菜をみて、何を作ろうかと考えます。
採りたてのフレッシュなグリーンサラダは、野菜の味だけで十分美味しい。
オーガニックなので、余すところなく全部いただきます。
一部が少々痛んでいてもよければ問題なく食べれるし、皮も、花も、時には根っこも食べれちゃう。

フレッシュサラダ
畑から採りたてのフレッシュサラダ カラフルなお花は食べて美味しい、目に嬉しい

ある日のランチ
ある日のランチ 釜焼きピザとパン、畑の野菜サラダとグリル


わたしたちが毎日いただいていたのは、前のシーズンに来たボランティアたちがお世話してくれていた野菜たち。
わたしたちはそれを美味しくいただいて、次に来る人たちを思って、今ガーデンにある野菜のお世話をします。
種や苗を植えて、「立派に育って、美味しく食べてもらってね」って願いながら。

育てる楽しみ、収穫する楽しみ、料理する楽しみ、美味しくいただく楽しみ。
そして、どんな風に育つだろうか、どんな風に食べてもらうんだろうか、と少し先の未来に想いをはせる楽しみ。
その全部を味わえるのは、自給ならでは。
それはいわば、大変さや失敗も全部含めての楽しみ。

そうやって、大変さや失敗を苦と思わずに楽しめるのって、ステキな暮らしのエッセンスだと思っています。
どこで暮らすようになっても、できる範囲で自分たちが食べる野菜は自給しよう。そうやって、いつもまちゃと話しています。
あぁー、早く自分たちの畑をしたい!小さくてもいいからガーデニングしたい!!

かぼちゃアーチ
かぼちゃのアーチ 見えますかー?たくさんのかぼちゃが見事になっている

かぼちゃベイク
かぼちゃはオーブンでベイクしてシンプルにいただく。とっても甘くてそのままで美味しい。


<作ってわかる、トマトケチャップの真実>
わたしたちがお世話になったのは4月。夏が終わり、短い秋がやってきた時期でした。
ガーデンでは、トマトがこれでもか!というくらい賑やかになっているところでした。
最盛期は越えたというものの、毎日毎日収穫してもまだまだ実がなっていて、こんなにトマトを収穫したのは初めてでした。
しかも、そのバラエティの多さときたら!
赤、黄色、緑、黒、丸いの、長細いの、でこぼこしたの、小さいの、大きいの・・・覚えられないくらいの種類のトマト。
昨年は不作だったようですが、今年は大、大、大豊作。
たくさん採れたり、全然採れなかったり、経験を重ね、試行錯誤しながらの今年の大豊作だったようです。

トマトいっぱい
毎日毎日、熟れてくるトマトを収穫 こんなにできるのね!と嬉しい悲鳴

食べきれないくらい収穫できたトマトは、トマトピューレやチャツネ、ケチャップにして保存食とします。
保存食作りも全部ポールが自分でやっていて、キッチンのパントリーは男の一人暮らしとは思えないくらいの充実ぶり!

ここで、わたしは採れたてトマトで初めてケチャップを作りました。
採れたてフレッシュなトマトでケチャップを作るなんて、なんて贅沢な!!
と思ったんですが、食べても食べてもまだまだ熟れてくるトマトがあるので、保存食作りは理にかなったもの。

大きな寸胴鍋2杯分のトマトを、炒めた玉ねぎとにんにく、同じくガーデンから採れたハーブと一緒に、煮込んで煮込んで、濾して、煮込んで・・・水分をとばして出来たのは始めのトマト量の1/3くらいのケチャップ。
あんなにあったトマトも、ケチャップになると「あれ、これだけ?」って寂しく感じるくらい。
小瓶一本のケチャップを作るのに必要なトマトの量がどのくらいか、作ってみるまで想像もしたことがありませんでした。
そして、市販のケチャップと比べると明らかなのがその色の違い。
自家製ケチャップは、決して鮮やかな赤色ではなくて、自然の優しい橙色。
市販のケチャップのあの赤色はどうやって作られるのか・・・。

ケチャップ煮込み
お鍋いっぱいのトマトをぐつぐつ煮込む

ケチャップ完成
完成したケチャップ!瓶に入れたら何だかとても愛しくなってくる

今まであまり意識することなく口にしていたケチャップですが、こうして自分で作ってみて、初めてわかることって思っている以上にたくさんあります。
そして手作りの功績は何より、美味しい!ということ。
時間をかけて、愛情をかけてつくるから、すごくありがたみも感じます。

ケチャップに限らず、市販の調味料に関してはほとんど同じことが言えるのかもしれません。
わたしたちは、旅をはじめてから、料理をするときに既製の調味料はほぼ使わないようになりました。
自炊のために、色々な調味料をバックパックに入れて持ち運ぶことができない、ということも一つの理由ですが、もっと大きな理由は必要ないから、ということ。
ドレッシングも、マヨネーズも、何とかソースも本当はいらない。
いつも持っているのは、塩と黒胡椒とオリーブオイル、それと各土地土地で手に入る蜂蜜。
必要に応じて、ライムやチリやハーブを使えば、これだけで十分にやっていける。
というか、むしろシンプルでこれでいい!ということがわかりました。
日本に帰ってからも、油やお醤油、お味噌など、日々使う調味料は納得のいく良いもの(できれば自分で作りたい)にして、ちゃんと気を使っておきたいなと思っています。


<フードプリントを意識してみる 見えないところに想像力を>
ポールのファームで滞在中に口にしたものは、ほぼ国産、特にタスマニア産のものでした。
食料自給率の高いオーストラリアなので、当然といえば当然なのかもしれません。

ある土曜日、ホバートのサラマンカマーケットでわたしたちはピーナッツバターを購入しました。
「Home made in Tasumania Organic Peanut Butter」というラベルをみて、それだけで「良いもの」という認識をしていたわたし。
ポールから「ピーナッツはどこ産か知っている?」って聞かれたときに、頭にハテナが浮かびました。
「made in Tasmaniaだから、タスマニア産じゃないの?」って。

詳しく聞いてみると、わたしたちが購入したピーナッツバターは、オーストラリア本土から運ばれてきたピーナッツをタスマニアまで輸送して、タスマニアで加工しているとのことでした。
だから「Home made in Tasmania」。
うーーーん、なるほど。

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みなさんはフードプリントってご存知ですか?
フードプリント(Food Print)とは、Food(食料)とFootprint(足跡)を合わせた造語です。
食料に特化したライフサイクルアセスメントとして、ある食料の誕生から死までの環境負荷の総量(自然の生態系を踏みつけた足跡・その大きさ)を表す概念。
食料の誕生から死とは、つまり、食料の生産、輸送、貯蔵・流通、加工・調理、消費、廃棄にわたるすべての過程を指します。
(参考:東京薬科大学 生命科学部HP)
フードプリントが大きければ大きいほど、環境負荷が大きいということです。

このピーナッツバターの場合、オーガニックで国産だけれど、本土からタスマニア島まで運ばれるために、「輸送」の部分でフードプリントは大きくなっていたのです。
ここで言いたいのは、「地元タスマニア産じゃないからダメ!」ってことではありません。
購入したピーナッツバターは、オーガニックでクオリティーも高く身体にも良い、優良商品。
ただ、「国産」とか「オーガニック」っていう言葉だけじゃなくて、具体的なところまで、その裏側まで、しっかりと意識を向けることが大事なんだ。
そんな基本を学んだ一コマなのでした。

食料の輸送距離をあらわすフードマイレージとはまた違った尺度がフードプリント。
とても大事なことなので、もう少しわかりやすく、例えば、「じゃがいも」で考えてみたいと思います。

鎌倉在住の小野家の場合。
自転車で近くのスーパーに行って北海道産のじゃがいもを購入。自宅でお味噌汁の具にして食べる。
この場合、北海道で作られたじゃがいもが鎌倉に来るまでにかなりの移動距離。
もし、大規模農場で育てられていたら、栽培のために広大な土地が使われている。
土地を耕したり、肥料をやったり、水をやったり、収穫したりするのにも、様々な機械や車、水のエネルギーが使われている。
自宅での調理にはガスが、じゃがいもを洗うのに水道水が、入っていた包装のビニールとむいたじゃがいもの皮はごみとして市の回収日に出すので、廃棄のためには回収車、焼却のエネルギーがそれぞれかかっている。

ここ、ポールのファームの場合。
自宅のガーデンでじゃがいもを有機栽培。保存は土の中で。育てるために必要な水は雨水、肥料は自前のコンポスト。
ガーデンから食卓までは徒歩1分。じゃがいもを洗う水は雨水、洗った後の水はガーデンの水遣りに再利用。
オーブンで焼き揚げチップスに。皮はむかずにそのまま食べる。芽の部分は取り除いてコンポストへ。廃棄ゼロ。

じゃがいも 採りたて
採りたてのじゃがいも 大きくなっても収穫せずに、そのまま土の中で保存している。

フィッシュ&チップス
絶品!フィッシュ&チップス。採りたてじゃがいもはほくほくのチップスに。魚も近海でとれた地のもの。

自然環境に与える影響の差は、こうして並べてみるとよくわかります。
どちらが環境に良いか悪いか。見えないところで、実際に与えてしまっている環境負荷はどのくらいあるのか。
少し想像力を働かせてみると、今までみえなかった(みようとしなかった)ものが浮き彫りになってきます。
(この比較、あくまでわたしの理解の範疇です。もっと詳しく勉強したいな。)

+++   +++   +++

最近、このフードプリントを意識するようになりました。
身体に良いからオーガニックのものを選ぶ、地域経済のために地産のものを選ぶ。
それに加えて、地球全体の環境問題に配慮して、フードプリントが小さいものを選ぶ。
少し意識するだけで、食と環境の関係性が見えてきて、とても興味深いです。

どうやって育てているのか生産者さんに直接きいてみたい。それなら、スーパーよりもファーマーズマーケットへ。
どこの食材を使って、どうやって調理しているのか知りたい。外食するなら、ファーストフード店より、それらにきちんと答えてくれるレストランへ。

そうやって食に対する問題意識をもってみることで、少しの想像力を働かせてみることで、興味が芽生え、思考が変わり、選択と行動が変わる。
そうして少しずつ、暮らしのあり方が変わっていく。
今ではそんな風に考え、行動できるようになってきました。

タスマニアンビーフステーキ
人生で一番美味しかったビーフステーキ。このタスマニアンビーフは、ポールの友人のファームから。購入したわけではなくて、労働力と交換で得たものらしい。付け合せの野菜は全部ポールの畑から。

牡蠣をとる
その辺の海辺には天然の牡蠣がいっぱい!ハンマーを持って、はじめてとった天然の牡蠣。

新鮮な生牡蠣
新鮮な生牡蠣。ホイルで蒸し焼きにしていただいた。文句なしで美味!!

こんなことを一つ一つ考えるのは大事なんだけど、でも、なんだかいちいち面倒くさい!!というのも本音のところ。
だからわたしたちは、「結局は自給自足が一番いい!」「食の自給が一番の贅沢!!」、という考えに拍車がかかっていくのでした。

それにしても、この旅の間に、「食」について色々な価値観や考えを持つ人、様々な「食文化」に出会ってきたおかげで、「食」について真剣に考えられるようになりました。
今までも「食は大事」と思っていたけど、もっともっと根本から考えさせられたというか。
ちゃんと、自分で責任を持たなきゃという気にようやくなれた。
暮らしの中の大きな楽しみ、生きる幸せでもある「食」については、これからも関心を持ち続けていたいです。

では、また!
はるみ
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