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<記事>2015年12月 アメリカ アリゾナ州ナバホネーション
<現在地>ミャンマー ピンウールィン

こんにちは、はるです。
高原の避暑地に来て、随分安定したわたしたち。
ミャンマーに何のために来たのかなー、なんて考えていたんですが、「何もしない」ことをするために来たのかな、とふと思いました。
シーズン真っ盛りなマンゴーが美味しすぎて、「そうか、ミャンマーにはマンゴー食べに来たんやな!」なんて言ったりして。
だいぶ平和です。だいぶ幸せです。

さてさて、今回はアメリカアリゾナ州でヒッチハイクにチャレンジしていたときのお話。
もう半年も前のことなのか~。時間が経つのはほんとに早いな~。

****   ****   ****

【「きっと大丈夫」。その直感を信じぬくことが大事。】
アメリカでは珍しくはないですが、旅行者は交通手段に悩まされることが多いです。
主要都市から都市へのバスは整備されているものの、街中での移動や、隣街への移動のための足が圧倒的に少ない。

3ヶ月間のアメリカ滞在のスタートは、アリゾナ州でナバホ族の家族のもとでホームステイをさせてもらう予定だったわたしたち。
ホスト宅への行き方を調べたものの、公共交通機関はありません。
バスで行ける最寄の街からホスト宅までの移動は、ホストに片道3-4時間の道のりを迎えにきてもらうか、自力で行くかのどちらか。
往復6時間超の道のりをわざわざ迎えに来てもらうのは気が引けるので、わたしたちは自力で行く道を選びました。

自力というのは、つまり、ヒッチハイク。
アジアや日本では、何度かしたことはあるヒッチハイク。
でもこの旅の中で、本格的な長距離ヒッチハイクをするのははじめてです。
はじめてのアメリカ。しかも、真冬の寒空の下。
どうなるかわからないけど、決めたからには、とりあえずやってみるしかない。
不安を抱えながら、夜明けを待って、さっそくヒッチハイクにチャレンジしてみました。

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スケッチブックに行き先を書いて掲げる。慣れるまでちょっと恥ずかしい・・・。

はじめに立ったポイントは、ハイウェイ沿い。車がびゅんびゅん走っている、交通量の多い道です。
持っていたスケッチブックに大きく行き先を書いて掲げます。

何台かはスピードを落として、スケッチブックを見たり、笑顔を向けてくれたりしたものの、車は一向に止まってくれません。
悲しいことに、中指を突き立てたり、
ブーイングサインを浴びせてくる人もいて、かなり精神的にやられました。

ヒッチハイクをはじめて早4時間。
そんなに立ち続けていたのかた思うくらいの時間が経っていました。
朝からはじめたのに、もうお昼に。
まちゃは、顔に生気はなく、疲れ果てて、負のオーラを放ちまくっていました。

まちゃ「もう無理や~、無理やって~・・・。」
わたし「そんなこと言ってても、どうにもならへんで!」
まちゃ「しんどい~、寒いぃ~、もう嫌や~。」
わたし「うちだってしんどい!!そんな顔やったら、誰も止まってくれへんで!!」

そんな会話を幾度となく繰り返し、明らかに落ちているまちゃに渇をいれ続けるわたし。
どうなるのかという不安を抱えながら、まちゃに渇を入れると同時に、自分自身を励ましていました。

でも、そんな状況でも、わたしは不思議と前向きでした。
次の展開がどうなるかとワクワクもしていたのです。
こうなるだろうことは予想していたし、始めの1台さえつかまれば、そのあとはきっとうまくいく。
諦めたらおしまいだ。きっと誰かが
拾ってくれる。
そう信じて、ハイウェイ沿いに立ち続けたのです。

ハイウェイ89
ルート66より断然思い出深いハイウェイ89。

そんな時、一人の男性がまちゃのもとに来て、何か話をはじめました。
ロングヘアーに浅黒い肌、大きな目と大きなからだ。
みるからに、ネイティブを思わせる風貌の男性でした。

彼は、「ここでは一日中立ち続けていても誰もとまってくれないよ。ここからしばらく行った街の端なら、もっと簡単に止まってくれる。」
そういって、丁寧にヒッチハイクポイントを教えてくれました。
「夕方になるともっと寒くなるし、車も減る。でも、今からすぐに移動したら大丈夫だから心配しないで。グッドラック!!」
そういって笑顔で去っていった男性はナバホのおじさん。

おぉ!!なんてありがたい情報!ありがとう、ナバホのおじさん!
急に希望の光がみえてきました。
大急ぎで、彼に教えてもらった場所に移動し、改めてヒッチハイクを再開しました。
交通量は減ったものの、目的地に続く一本道。
さっきまでのハイウェイ沿いとは違って、通り過ぎるドライバーの視線も幾分柔らかく感じられる・・・。

望みを捨てず、ボードを掲げて立つこと30分ばかり。
ようやく一台の車が止まってくれました。わたしたちを拾ってくれたのはナバホの女性。
バンの荷台に乗せてくれて、目的地より二つ手前の町まで、1時間ほど乗せてもらうことができました。

お礼を言って、次のヒッチハイクに臨みます。
まだまだ先は長いぞ・・・と思っていたら、こちらがヒッチハイクを始める前に声をかけてくれたのは若い男性。
この男性もナバホの方でした。
「途中までになるけど・・・」と親切に申し出てくれ、家族が運転する車に乗せてくれました。

その後も、苦戦することなく声をかけてくれる人が現れて、最後には随分遠回りになるにも関わらず、わざわざ最終目的地まで送ってくれる方もいて、無事に目的地のホスト宅にたどりつくことができました。
なんとかなると思ってた通り、やっぱり最後はなんとかなった。

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辺り一面赤い大地の絶景だけど、はじめはヒッチに必死で景色を楽しむ余裕もなかった・・・。

「なんとかなる」「きっと大丈夫」、そう感じる直感は不思議と外れることはありません。
根拠のないものなので、危ないといえば危ないんですが、いつも直感を信じるとうまくいくのです。
逆に、「んー、大丈夫かな?心配やな。」そう感じるときは、たいていの場合うまくいかない。
今回も直感を信じた結果、無事に目的地まで到着でき、優しい人たちに出会える貴重な経験ができました。

直感に敏感であること。直感を信じ抜くこと。
これって、自分が思っている以上に大切なことなんだと思います。


【純粋に人を思う気持ちが「優しさ」だと思う。優しい人は、どこででも、誰にでも、変わらず優しい。】
ヒッチハイクがこんなにスムーズにいくようになった一つの理由は、リザベーションというナバホ居留地に入っていたから。
リザベーション内ではヒッチハイクは日常的なことのようで、ナバホの人たちは当然のこととしてお互いに助け合っています。
わたしたちもヒッチハイクをしているときに、同じようにヒッチハイクをしているナバホの人を見かけることがありました。

ありがたいのは、ナバホの方たちはわたしたちのようなよそ者も変わりなく拾ってくれること。

わたしたちはホームステイ中も、時間がある日はヒッチハイクで近くの名所に出かけていました。
途中、普通に道を歩いて散歩しているだけでも、車を止めて声をかけてくれるナバホの方がたくさんいます。
水分補給のために道端で休憩していたときなんか、「大丈夫か??」と車から駆け下りてきてくれた方もいました。
ヒッチしていないのに、車が止まる。求める前に、向こうから手を差し出してくれる。

おそらく、ヒッチしているから「乗せてあげよう」と車を止めるのではなくて、そこに人がいるから「どうしたのかな」と反射的に車を止める。
色々と考える前に、先に体が動いている。純粋に人を思う気持ちからくる行動。そういう優しい行動を自然ととれる人たちなんだと思います。

ただ無条件に差し出される優しさ。
そんな優しさに触れて、すごく心が満たされたというか、救われたというか。
人を思う気持ちからくる見返りの無い純粋な優しさは、人を救う。
そんなことを学んだ経験でした。

ホースシューベンド
ヒッチで行ったホースシューベンド。拾ってくれたのは陽気なメキシコ人男性だった。

もう一つ学んだこと。
一度、ヒッチをしているときに、休暇で旅行しているというアメリカ人(ニューヨーク出身)のカップルに拾ってもらったことがありました。
ヒッチハイクで廻っていると言うと、「僕たちにはできないよ、アメリカ国内でヒッチするなんて考えたこともない」と大層驚かれました。

自分たちはヒッチなんてできない。そうは言いながらも、ヒッチハイカーのわたしたちを拾ってくれた優しいカップル。
「貴重な経験だね、よい旅を!」といって見送ってくれた二人はとても爽やかで温かくて、本当に失礼ながら、「親切なのはナバホの人たちだけじゃない」って思ったのです。

他にもわたしたちを拾ってくれた、メキシコ人の男性も、ポートランド出身の女性も、申し訳ないくらいとても親切にしてくれました。

ナバホのリザベーション内だから、ナバホの人たちだから、優しくしてくれる。
それって大きな思い違い。
優しい人はどこにでもいるし、本当に優しい人は、どこにいても、誰に対しても、変わりなく優しい。
わたしたちを拾ってくれた、あのドライバーたちのように。
わたしもそうありたい。どこにいても、誰に対しても、変わらずに優しい心で接することができる人でありたい。
人の温かい優しさに触れて、心からそう思ったのでした。

ホースシューベンド瞑想
目的地に着いた後は、ぼーっとして、人の優しさの余韻に浸っていた。

【目の前にいるその人を、「疑ってかかる」のではなく、「疑わない」からはじめたい。】
ヒッチハイクをしながら、ふと考えていたこと。
自分が車を運転している側として、身を置き換えてみたら・・・。

道端に誰だかわからない若者が立っていたら、はたして車を止めて声をかけるだろうか。
「止めようか、どうしようか」と迷っているうちに、さっと通り過ぎてしまうのでは。
そもそも、迷う前に「怪しい人かも」「自分には関係ない」って見てみぬふりしちゃうかも。

わたしたちの姿を見て、迷うことなく止まってくれる人たち、笑顔で話しかけてくれる人たちに出会って、人って知りもしない他人にこんなに優しくできるんだ、って驚きました。
素性の知れぬ旅人を、疑うことなく助けてくれる親切な人たちに、ただただ感謝の気持ちでいっぱいになりました。

よく、「近づいてくる人は疑ってかかれ!」「知らない人には近づくな!」みたいなことを聞いたりするけれど、わたしはそうはありたくない。
自分の身を守ることは何より大事。
でも、相手を疑がってかかるよりも、敬遠するよりも、自分を守る方法は他にもあると思うのです。

思い出したのが、旅をしているとよくある現地の人との関わりについて。
「日本人か?どこから来た?」と突然やたらとフレンドリーに話しかけられると、「ん?何だこの人、ぼったくりに来たのか?」と身構えちゃったりします。
でも、会話を重ねていくうちに、その人はただ日本に興味があるだけだったり、観光客がめずらしくて話しかけてきただけだったり、ということがわかってきます。
(中には実際にぼったくろうとしてくる人ももちろんいるので、相手をみる必要はあるけれど)
話をしていく中で、時には家に招かれたり、ローカルな穴場を紹介されたり、と思いがけない面白い展開になっていって、忘れられない旅の思い出になることも。
それも「怪しい」と疑ってかかって、こちらからシャットアウトしてしまったらそこでおしまい。
何も関わりが生まれず、もったいないことになってしまいます。

知りもしない他人だからこそ「疑ってかかる」のではなくて、「疑わない」で関わってみる。
オープンな心で向き合う。まずはそのことからはじめたい。そう改めて思ったのでした。

.アンテロープキャニオン2
ヒッチで行ったアンテロープキャニオン。すごい景観だったけど、ヒッチの思い出の方が記憶に残っている。

【ヒッチハイクは最高の自己分析手段
やってみて、気付いたこと。
それは、ヒッチハイクは自己分析に最適だということ。
ヒッチハイクは、自分の弱さと向き合う、精神の修行。
そして、自分の強さを知る、絶好の機会。

ヒッチハイクをしていると、気付かないうちに自分本位の感情が膨れ上がってきます。
初日にヒッチハイクをはじめた当初、全然車を止めてくれる人がいなくて、「なんで誰も止まってくれないの?」って思ってました。
うまくいかない原因を他人(ひと)に求めて、「なんで相手は~」って、勝手に他人(ひと)のせいにしようとする。
ヒッチハイクをしようと決めたのは他ならぬ自分なのに。

そして、しんどいと言って座りこむまちゃをみて、「なんでわたしばっかり頑張ってるの!」ってイライラする。
「わたしばっかり~」ってひがんでしまう心が出てくる。
まちゃだって、同じくらい頑張ってくれているのに。

いやいや、そうじゃない。
途中ではっと気付いて自分に問いかけます。

「自分でやると決めたヒッチハイク。うまくいかないのを他人(ひと)のせいにしていいの?」
「誰に強制されてるわけでもない。しんどかったら休めばいいだけじゃない?」

そんな会話を自分自身としながら、ともすれば責任転嫁してしまう自分の弱いところと向き合って、
「もうちょっと頑張れる」「自分で決めてやってるんだから」って自分の意志を確認していました。

また、先に書いたように、「きっとうまくいく」という直感を信じて進むこと。
諦めかけているまちゃをうまく鼓舞しながら(うまく、ではないか・・・笑)、引っ張られずに頑張れること。
自分たちを拾ってくれた方、はじめましての方との出会いを大切にコミュニケーションを楽しむこと。
そんな自分の強みも再確認できたと思います。

ヒッチハイクをしていると、自分の良いところも、悪いところも、弱いところも、強いところも、全部クリアにみえてきて、しんどいけれど面白いです。
そして、学ぶことがめちゃめちゃあります。ヒッチハイク、やってみて良かった。
一風変わった自己分析をしたい人には、ヒッチハイク、お勧めです。
(もちろん、場所や時間を考えて、自分の身の安全を第一に!)

アンテロープキャニオン
人が少なくて、ゆっくり観れた。アリゾナ観光は冬が狙い目!


というわけで、今までにない貴重な経験をさせてもらったヒッチハイク。
旅の間だけでなく、帰国後もちょくちょくやってみたいと思っています。

では、また!
はるみ
Secret

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