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こんにちは、はるです。

わたしたちの旅のテーマがなぜ「ステキな暮らし」なのか。
これからブログを書いていくにあたって、みなさんに知っておいてもらいたいこと、また、自分自身で確認しておきたいことなので、はじめにここで触れておきたいと思います。

併せて少し自己紹介を。
わたしのことを何も知らないまっさらな状態でこのブログを読んでいただくのも良いのかもしれませんが、少しでもバックグラウンドを知ってもらっていた方が、伝えたいことを理解してもらいやすいのでは・・・という期待を込めて。

記事の内容は、前回の夫まちゃが書いたことと重なる部分があると思います。
夫まちゃ、妻はる、それぞれの視点から書かせてもらいました。
なかなか長いです。でも頑張って書きました。
よければお付き合いください。

***  ***  ***  ***  ***

この旅を始める前のわたしの職業はソーシャルワーカー(以降ワーカーと略)でした。
病院の精神科で働く精神保健福祉士(PSW)です。

仕事の内容はごく簡単に言えば、精神的な疾患や障害を抱える人の社会復帰、自己実現を様々な制度や資源を活用しながら支援していくというもの。
クライエントは疾患や障害を抱える当事者だけではなく、その家族や関わる人々、大きく捉えるとその人が生活する地域や社会も対象となります。

退職までの5年の間に様々な仕事をさせてもらいましたが、主にはじめの3年弱は長期療養病棟を担当していました。
その名の通り、長期的に入院治療を受ける必要がある患者さんが入院している病棟です。

みなさんは長期の入院と聞いてどれくらいの期間を想像しますか?
数ヶ月?1年?5年・・・?
一年でも随分長い入院ですが、担当していた患者さんは10年以上入院中という方が少なくなかったです。
中には、20代で入院し、一度も退院できることなく半世紀以上もの年月を病院内で過ごし、そのまま生涯を終えられた方もいらっしゃいました。

精神科における長期入院は社会的入院ともいわれ、症状的には退院可能にもかかわらず社会の受け皿不足のために退院先が確保できず、入院が長期化するという大きな社会問題となっています。

なので、さき程書いた「長期的に入院治療を受ける必要がある患者さんが入院している病棟」という表現は正式には間違いです。
実際は、「長期的に入院治療を受ける必要がないのに、入院生活を余儀なくされる患者さんが生活している病棟」と言う方が適切です。

入院が長期化する中で徐々に退院意欲が薄れ、「退院したくない」と仰る患者さんも多くいました。
閉ざされた環境で不自由でしかないはずの精神科病院内での生活を、「(退院するより)ここにいる方がいい」という患者さん。
その言葉は、そのまま地域社会の未熟さを表しているように思えました。

その後、担当異動で次に担当したのが精神科救急病棟。
これはその名の通り、「精神科における救急医療を担う病棟」です。
初発(初めて精神症状を呈した)の患者さん、急性症状のために入退院を繰り返す患者さん、警察や救急、行政機関から送られてくる患者さんなど、精神症状が活発なため即時の入院治療が必要な方々が毎日ひっきりなしにやってきました。

貧困、労働環境の問題、介護、虐待、いじめ、ひきこもり、依存症、自殺未遂・・・社会問題を背景とした疾病、症状をもつ人々は後を絶ちません。
思春期の若者から高齢者まで、精神的なケアが必要な方は驚くほど多く、ライフステージのどの段階においても、誰もが精神的な不安要素を抱えているのは明白でした。

こうして現場で働く中で、様々な状況にある患者さんと出会い、社会の実情を知りました。
それは、ワーカーとしての自分の無力さを感じる日々でした。
疾病や障害故の生きづらさを抱える人たちにとって、現代社会はあまりにも厳しく、「自分らしく生きる」という大命題の前に「当たり前に地域で暮らす」ということのハードルがとても高く感じられたのです。

患者さんの病状がいくら医療の枠の中で回復しても、戻る先の生活や環境に無理があれば、再発、再燃を繰り返すという幾度となく目の当たりにしてきた事実。
無理や矛盾で溢れた歪んだ社会が、新たな弱者、新たな病者を生み出しているという終わりのない負のループ。
そしてその負のループをつくっているのは、現代社会を生きるわたしたち自身というまぎれもない現実。

目の前にいるクライエントと向き合いながら、その背後にある大きな壁の存在に、やるせなさを感じずにはいられませんでした。
いつもモヤモヤとした不全感がまとわりついているような状態。
それは、専門職であるソーシャルワーカーとしてだけではなく、この社会をつくる一人の人間として感じていた、現代社会に対する漠然とした違和感でもありました。

元気になった患者さんを送り出したい地域って?
元気でいられるために望まれる社会って?
今の社会のあり方を変えていかない限り、誰もが幸せに暮らすって無理じゃない??
「社会復帰」「職場復帰」って言うけれど、本人はこの社会に、もとの職場に、復帰することを本当に望んでいるんだろうか?

いつも自分の中であり続けていた問題意識。
同じような問いがグルグル、グルグル、頭の中で巡り続けていました。

そして、関わりの中で考えるようになってきた一つの仮定がありました。
それは、わたしたち自身の「暮らし方」が社会を望ましい方向に変えるキーワードではないかということです。

時間に追われストレスフルな暮らしを送る人々でつくる社会と、自然とともに自分のペースでゆったりと暮らす人々でつくる社会と。
どちらが余裕があり、人に優しい社会だろうか。

消費のために、稼ぐためだけの仕事をする疲弊しながらの暮らしと、可能な範囲でできる仕事を担い、必要なものを必要な分だけ産み出す暮らしと。
どちらが楽しくて、持続的で、本当に豊かな暮らしだろうか。

わたしたち自身の「暮らし方」次第で、社会のあり方はまったく違ってくる。
そんな考えを抱くようになってきたのです。

答えのない問いを考え続けている気がしていたけれど、実はとてもシンプルで簡単。
それは、つまり、「多様性を認める」ということ。
こどものときに「みんなちがって、みんないい」って教えられた。
生きていく上で大切にしないといけない基本中の基本。

目指したいのは、もっともっと多様でユニークな暮らし方を世間に増やしていくこと。
そうすることで、色々な暮らし方を認められる器の大きな社会になっていくはず。

示したいのは、限られた中からしか選択できない窮屈な生き方ではなくて、
自分で好きなように創造していく自由度の高い生き方。
そんな自由な人たちがつくる社会は、愉快でハッピーに違いない。

小さな枠に捉われるのではなく、その枠を広げていけばいい。
枠を取っ払ってしまえばいい。

こうして、「こんな社会であったらいいのに」という大きなビジョンを自分なりに思い描くようになりました。

・・・・

その一方で、自分の身を顧みたときにふとわいてくる疑問があったのです。

自分は理想の社会を作っていくために何ができているのか。
枠を広げ、枠をやぶっていける力があるのか。

そして込み上げてくる、本質的な問い。

社会がどうとか、人の支援がどうとかいう前に、自分自身はどうなのか。
胸をはって、「自分らしく生きる」ができているのか。
社会のあり方を良くしていくような「多様な暮らし」ができているのか。

答えは明確。
「NO」。

すでに、十分自由に、幸せに生きていたとは思います。
毎日忙しいながらも充実していて、楽しいこともたくさんありました。

でも、まだまだやりたいことはたくさんあるって、自分自身でわかってもいました。
今に100%満足しているわけじゃない。

たから、もっと自由に、もっともっと自分らしく生きていこうと思ったのです。
それがまさに「多様な生き方」のひとつになるから。
まずは、夢でもあった世界を巡る旅をしよう。そう思いました。

心強いのは、そのときわたしはひとりではなかったこと。
タイミングよく、隣にはパートナーとなるまちゃがいて。
彼も同じように、社会に対するムズムズを抱え、自分自身の生き方を模索していた一人でした。

二人で色々なことを話す中で、なんだか一緒にこのムズムズを解消していけるような気がしてきました。
「旅しようって思ってる」って話したら、「お、いいね、一緒にやろう」ってなってきて。
そしたら、段々ムズムズがワクワクに変わってきて、気づけば二人で旅をする計画をはじめていました。
(この辺のことは、次回の後編で書きたいと思います)

そんな訳で、ソーシャルワーカーとしての経験から、「より良い社会のあり方」を思い描くようになり、それは逆説的にも、自分自身の「自分らしい生き方」「自分らしい暮らし方」を追及することに繋がっていったのです。


冒頭でさんざんと暗いことばかり書いてきましたが、わたしはワーカーとして働くことが好きでした。
しんどいことはたくさんあったけど、仕事が嫌いと思ったことは一度もなかったです。

自分の関わりの先にはその人の暮らしがあり、「その人らしい生活」を実現するために共に歩んでいくことは、とてもやりがいを感じられるものでした。

どんなクライエントに対しても、変わらないのは「その人が望む生活のため」の支援を行うということ。
迷いながらも、悩みながらも、でも頑張ろうと思えたのは、そんな明確な目的があったからだと思います。

恵まれた職場環境であったこともあり、仕事を続けることで、知識も経験も増えてソーシャルワーカーとしては成長していけたと思います。
だけど、それと同時に、わたしはワーカーであり続けることに一種の恐れも感じていたのです。
プロになりたいけれど、なりたくない。
成長したいけど、いつまでもフレッシュでいたい。
働けば働くほど、感覚が麻痺していくような、狭い世界しか見れていないような・・・。
なんだかうまく言えないですが、そんな危機感も感じていたのです。

そんな想いも重なって、仕事を辞めて、旅に出ることを決めたのかもしれません。
ワーカーとしてではなく、まずは、一人の人間として成長するために。

わたしはまだまだ若輩もので、何よりも自分のしたいことをまず優先しました。自分のために生きることを選びました。
だけど、様々な葛藤を抱えながらも、志をもって現場で奮闘し続けている諸先輩方や仲間たちはたくさんいます。
わたしはそうして頑張る方たちをとても尊敬しているし、目の前の現実と向き合い、地道に実践を重ねていくことは、とても尊く価値あることだと思っています。

今、わたしにできることは、「自分の生き方」を追求しながらも、社会に対する問題意識や目指したいビジョンを忘れずにいること。
この旅を通して、人としてもうちょっと成長したら、また違ったかたちでソーシャルワークに携われたらいいな。
好きなら、きっとまた戻ってくるだろうな。
勝手ながら、今はそんな風に思っています。
そんなポジティブな気持ちで、次のステージに進めたのはとても幸せなことです。


なぜ「ステキな暮らし」がテーマなのか。
それは、わたしたちの暮らしのあり方が、現実社会のあり方にそのまま繋がっていくと思うから。
だから、自分たちで「ステキな暮らし」を実践していきたい。
「ステキな暮らし」がたくさん溢れる、より良い世界を目指していきたい。

そんな想いで、わたしたちは『ステキ暮らしLabo』を始めたのでした。


***  ***  ***  ***  ***  ***

はぁ~、長かった。
長文にお付き合いいだたきありがとうございます。

ソーシャルワーカーとしての経験から、わたし個人としての生き方に戻ってきました。
ひとまず、ここまでを「なぜ『ステキに暮らしたい』のか~妻はるの場合 前編~」とします。

続いて~後編~。
旅への想いと、わたしたち夫婦のはじまりのお話。
引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。

はるみ
Secret

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