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こんにちは、はるです。

この旅最後の訪問先、パアンという町にいます。
28日の早朝にヤンゴンからのフライトで帰国するのですが、どうも大都市で最後をしめくくる気にはなれず、ここパアンという町で最後の数日を過ごすことにしました。
宿の近くには湖があって、聖なる山が見えます。
ここミャンマーも今は雨季。
雨があがればお散歩に出て、ローカル食堂でご飯を食べる。
いつもと変わらない時間を過ごしています。

+++   +++   +++

帰国を前に、今の心境を少し。

2年数ヶ月ぶりに帰る日本。
早く帰りたいと心はやる気持ちもなく、まだまだ旅を続けたいという未練もなく、ただ「あぁ、もう帰るんかぁ」といったところ。
いつも繰り返してきたように、次の町に移動するのと変わらない感覚で明日、日本に帰国します。

当初は長くても1年半くらいだろうと思っていた旅の期間も、延長、延長で気付けば2年3ヶ月となっていました。
2年3ヶ月といえば、随分長く感じますが、わたしにとっては本当にあっという間でした。

わたしはこの旅を通して、まちゃと夫婦になりました。
24時間、365日、この旅の間、ずーーーっと一緒にいることで、本当の意味で夫婦になれたと思っています。

結婚するまで遠距離恋愛、結婚してからも遠距離新婚生活だったわたしたちなので、周囲の人からは「いきなり二人で長旅なんてリスキーね~」と言われていました。
実際、わたし自身も「ずっと二人で一緒に過ごすなんて、どうなるんかな?」と思っていました。
「途中、別行動して一人旅の期間を挟んでもいいよねー」なんて冗談半分、本気半分で話していたこともあります。

だけど、ふたを開けてみれば、そんな心配はいらなかった。
今となっては、もう一人で長旅するなんてできないな、と思います。

まちゃと二人でする旅の楽しさを知ったから。
二人で旅する日々が、本当に幸せだったから。

アジサイの季節
ミャンマーでもあじさいの季節。実家の庭のあじさいも、まだ咲いているかな?

そうは言っても、旅のはじめはしんどかったんです。
わたしもまちゃもお互いに。
旅のスタイルが定まらなくて、まちゃはいつも不機嫌で、そんなまちゃをみてわたしはイライラして。
毎日言い合いしたり、ケンカもできないくらい距離があったり、どうすることもできなくて、ひとり泣いてしまうこともたくさんありました。

そんなつらかった時期の話をすると、まちゃは決まって「ごめんね」と言います。
本当に申し訳なさそうに、つらそうな顔をして。

でも、そんなしんどかった時期を経て、否、そんな時期があったからこそ、今のわたしたちがあるのです。

この旅を通して、学んだこと、経験したこと、気付いたこと、変化したこと、たくさんあります。
世界遺産もたくさん行ったし、美味しいグルメも味わった。
ステキな人たちとの出逢いは宝だし、世界中に第二のホームもできた。

でも、それより何より、まちゃと夫婦になれたこと。
それがこの旅一番の収穫です。
二人の将来を、これからの未来を、「どうなるかな」という不安ではなくて、「何があってもまちゃと二人なら大丈夫」「ずっと二人で一緒にやっていける」と確信をもって言えるようになった。
この旅を通して、心からパートナーと言い合える二人になれた。

やっぱり、それが一番大きい。
だから、この長い長いハネムーンの旅をやってよかったなって、思います。
まちゃと二人で旅ができてよかった、って本当に思います。

+++   +++   +++

大きな怪我や事故やトラブルもなく、この旅を終えられること、本当に恵まれていたなぁ、と思います。
誰かが、何かが、ずっとわたしたちを護っていてくれたような気がします。
何に向かって感謝をしたらいいのかわからないけれど、感謝の思いでいっぱいです。

そして、何よりも、うるさいことを言わずに、じっと耐えて、見守ってくれた両親に感謝を。
はじめはメールの返信が数日遅くなっただけで、大騒ぎしていた母も、いつからか落ち着き、多くを尋ねてこなくなりました。
何か言葉を発すると、「何やってるの」とか、「いつ帰ってくるの」とか、「危険なところに行かないで」とか・・・、わたしたちを心配する言葉しか出てこないから、もう何も言わないようになったのかな、と思っています。
いつも近況報告のメールを送ると、一瞬にして送られてくる短い返信。
きっと、わたしが思っている以上に、心配で心配で仕方なかったんだと思います。

明日、どんな顔して両親に会うのかわからないけれど。
まずはちゃんと、「ありがとう」って言いたいです。

そしてそして、いつも見守ってくれている仲間たち、これを読んでくださっているみなさまにも心からの感謝を。
もうすぐみんなに会えるのが楽しみで仕方ないです。
「会おう!」と連絡を取り合う仲は以前とも変わらず、帰国後一ヶ月の予定も瞬く間に埋まっていって、しばらくはとても忙しくなりそうです。

わたしたちの旅の話もたくさん聞いて欲しいけど、みんなの話もたくさん聞かせて欲しい。
ゆっくりじっくり会って話して、お互いの2年数ヶ月の間の報告をし合うのが楽しみです。

車窓からの虹
バスの車窓からの虹。虹を見ると、いつも子どもみたいに喜ばずにはいられない。

最近、空に虹をみることが多いです。
青い空に強烈な日差しの太陽。
少し曇ってきたかと思えばスコールのようにざっと降る雨。

まちゃが「虹が出る」と言って空を見上げたかと思うと、そこには決まって大きな虹が。
広い空にかかるクリアな虹。しかもダブルでかかる二重の虹。

二重の虹には、「卒業」そして「祝福」という意味があるそうです。
あたかも、わたしたちの旅の卒業を、そして、新しい出発の祝福を意味してくれているかのよう。
そんな虹に勇気づけられ、わたしたちはいよいよ明日帰国します。

さて、今からバスでヤンゴンに移動します。
夜にヤンゴンに着いたらそのまま空港へ。
早朝5:30チェックインまで空港で過ごします。
最後の最後まで空港泊なわたしたち(笑)
最後まで何事もなく、無事に日本へと帰れますように。

もうすぐ帰ります。
みんな、待っててね。

では、また!!
はるみ
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こんにちは、まちゃです。

あと少しで、僕たちは2年以上に渡る「世界のステキ暮らしを訪ねる旅」を終えて、帰国します。
帰国後は、鎌倉や、鎌倉以外の日本のどこかを拠点にして、自分達が望む「ステキ暮らし」をカタチにしていくために、動いていきます。

今回の旅で、世界の色んな場所で、ステキ暮らしの拠点や仲間と出会うことが出来ました。
この旅を終えた後も、またそのうち世界の拠点に戻りたいなと思っているし、逆に僕たちの日本の暮らしの拠点にもぜひ世界中から訪ねてきて欲しいと思っています。

でも、そもそも何で、暮らしの拠点として、僕たちは日本に帰ることを選んだのか。
海外にそのまま移り住んで、暮らしていくことは考えなかったのか。
その理由を、改めて確認しておくことも大切だと思うので、今回はそれについて書いてみます。

その理由は簡単に言うと、それは「やっぱり日本が好きだから」、そして「日本にこそ、ステキ暮らしが必要だと思うから」。

ウユニ朝焼け
僕たち、日本へ帰ります!

【やっぱり日本が好きだから】

もともと、「色んなところに行ってみたい」という願望が強いほうで、いつか世界一周がしてみたいなぁと、結婚する前からなんとなく思っていました。
そして、実際に旅に出て、色んなところへ行って、お気に入りの国や地域にたくさん出会いました。
外の世界を見て、日本のいい面も悪い面も、客観的に見れるようになったと思います。
でも、世界の色々な国や地域の中でも、やっぱり「自分が生まれ育った故郷」というのは、とびきり特別な場所だと感じます。
いい面だけじゃなくて、悪い面もわかった上で、それでもやっぱり好き。
それが故郷ってもんじゃないでしょうか。
やっぱり日本が僕たちのホームです。
この国に生まれたこと自体に意味があると感じます。

また、旅をしてみると、海外の人のほうが、日本の文化のいいものをよく知ってたり、興味を持っていたりすることもあります。
僕は日本で産まれ育った日本人なのに、日本のことをあまりよく知らない。
それって、とても恥ずかしいことに思えてきて。
それで、もっと日本のことを知りたくなりました。
僕の場合は、昔ながらの日本の里山的パーマカルチャーや、自然農のことなども、より知りたくなったことの一つ。
旅の前から、ずっと興味は持ち続けていたし、学んできたつもりだったんだけど、まだまだ不十分だと感じている。
これからはもっと実践的に学びたい。
昔から日本にあった知恵を学びなおして、それを暮らしの中で実践したい。
本気で学べば、世界に向けて誇りを持って発信していけるものが、日本にはたくさんあるはず。
そんな日本へ帰るのが楽しみです。

【日本にこそ、ステキ暮らしが必要だと思うから】

今回の旅で、色んな場所で、ステキ暮らし作りに取り組む仲間達に出会うことが出来ました。
皆、人や地球の未来に対する想いを心に秘めている人たちでした。
それぞれの地域社会が抱える問題と向き合いながらも、希望を絶やさず、生きることを楽しんでいる人たちでした。

そうした人々と出会う旅を続けながらも、僕たちの中には、ずっと日本の行く末を案じる気持ちがありました。
インターネットなどの情報を通じて、日本からは、いつもきなくさいニュースが聞こえてきていました。
2014年4月に日本を出てから、この2年ほどの間に、日本という国がどんどんと、おかしな方向へ進んできているように感じてきました。
客観的に、日本のことを見つめれば見つめるほど、「日本どんどんやばくなってるな。」という想いが強くなっていきました。
原発や放射能、格差、少子高齢化、教育、労働、ありとあらゆる問題を積み上げたまま、日本という国が破滅へ向かって暴走しつづけているようにさえ見えました。

そうやって、世界のステキ暮らし仲間に対する希望や共感と、悪化していく日本という国に対する閉塞感や生きづらさを、旅の中で同時に感じ続けてきました。

イタリアでホームステイをさせてもらっていたときにホストしてくれたレンゾーが話してくれたことがあります。
今、イタリアも国の経済が崩壊して、若者の失業率は40%を越えています。
格差は広がり、国の治安も悪化しています。
陽気で楽天的で自己肯定感が高いイタリア人も、国に対する眼差しはこと厳しく、痛烈に政府批判をする人も多くいます。
そんな国の未来を見限って、イタリアを離れて別の地で生活を始めるイタリア人が増えてきているそうです。
意識が高く、将来の見通しを持っている人ほど、その傾向が強いんだとか。
実際に、イタリアから出て暮らす場所を探している若者に、この旅の間、僕たちも何度か出会いました。

そこで、レンゾーが言っていたこと。
「国を離れることは容易い。
しかし良識人が皆、国を離れてしまったら、もっともっとイタリアはダメになっていってしまう。
今こそ、イタリア人の手でイタリアという国を復興させないといけない。
だからこそ、僕はこの国に残って自分達に出来ることをやっていこうと思うんだ。」

僕は本当にその通りだなと思いました。
旅を続ける僕の中にも、「日本にこそ、ステキ暮らしの構築が必要だ。」という気持ちがずっとあったように思います。
「人にも地球にも負担をかけない、ステキな暮らし方から、よりよき未来は創っていける」、と僕たちは本気で信じています。

奇しくも、今、日本は参議院議員選挙の真っ最中です。
今というときは、日本人にとって、もっと言えば、地球人にとって、「自分達が暮らしていくこの国を、そしてこの星を、どんな場所にしていきたいのか。」、みんなが自分ごととして、本気で考えるときに来ているのだと思います。

「みんなが幸せに暮らせる平和な社会って、どんなだろう?」
もはや、この問いを問い続ける必要はないと、最近思っています。
僕たちは、もうその答えを出せるはず。

その気になれば、僕たちはもう、今からでも、その答えを生きることが出来るんじゃないでしょうか。
僕はこれから、自分なりの答えをただ淡々と生きていこうと、心の底から思っています。

もちろん答えは一つじゃなくていい。
大事なのは、多様性。
もし、僕の答えと、あなたの答えと少しでも重なるところがあるのなら、ぜひ一緒にやりましょう。
共に答えを生きてくれる仲間たち、いつでも募集中です。

ということで、世界のステキ暮らしを廻った僕たちが、日本でステキに暮らそうと思っている理由。
それは、「やっぱり日本が好きだから。」、と「日本にこそステキ暮らしが必要だと思うから。」です。


ではまた!
まちゃ
こんにちは、まちゃです。

今回は、この旅最後の国となったミャンマーで学んだことを書いておこうと思います。

ミャンマー滞在で学んだこと、それは
「トラブルのときこそ、人間の本性が出る」ということと、
「与えられると、与えたくなる」ということ、です。

「トラブルのときこそ、人間の本性が出る」
先日、ミャンマーにおける仏教の聖地と言われるバガンというところに、滞在していたときのこと。
僕たちは、現地通貨のミャンマーチャットを引き出すために、国際キャッシュカードを持って、現地銀行のATMへ向かいました。
そこで、いつものようにお金を引き出そうとしたのですが、何故かお金が出てこない。
ATMの表示もいつもと違うし、取引レシートも出てこない。
おかしいと思って、ホテルへ戻った後、スマホをWIFIにつないで銀行残高を確認してみたところ、なんとお金はしっかり引き出されているではないか!!
実は中米グアテマラにいた時も同じトラブルを経験したのですが、これはつまり、銀行から指定したお金は引き出されたけど、ATMの機械の不具合で、現金だけが出てこなかったということ。

それを知った瞬間、
「あぁぁぁぁ、あのATM使わなきゃよかった!」
「手数料他のとこより高かったのに、なんで止めなかった!」
「ミャンマーでは平和に過ごしたかったのに、ここへきてATMトラブルかよ!ちきしょ~!」
「ざけんな!ミャンマーの○○バンクめ!」
と、僕の中で、いろんな後悔や怒りがこみ上げてきておりました。

そして「ふざけんなこら~~~っっっ!!!」と僕はホテルの部屋で叫び、枕を床にたたきつけ、湧き上がってくる感情に身を任せていました。

で、この時の経験から思ったことが、「トラブルの時こそ、人の本性がでるな」ということです。
普段は、心に波風立たせず、穏やかな自分でいられているつもりでも、今回はATMトラブルにあっただけで、僕の本性が見事にあらわになったわけですね。

もちろん、感情がこみ上げてきたときに、その感情を押さえ込まず、素直に爆発させて表に出すことも必要だとは思うのです。
ここで大事なのは、いったん感情を発散させた後、我に返って冷静な判断と行動がとれるかということ。

このとき偉かったのは、ひととおり発狂したあとには落ち着いて、さてどうしたものかと考えれたこと。
怒り続けていてもどうしようもないし、やれることをやるしかない。
(はるは、僕の本性を少しひき姿勢ながらも、ちゃんと見守ってくれていました。)

ちなみに、次の日、その銀行を再訪して事情を説明し、無事に返金してもらえました。
あぁ、よかった、よかった。

何かが起きたときこそ、冷静に、心に波風立たない自分でありたいなぁ、強く思った一件なのでした。 

バガン
バガンでは、住宅地の住宅くらいの密度で、仏塔や寺院が林立していた。

ブッダ
まるでブッダのように、どんな時でも、冷静で穏やかな心でありたいものです。

生ビール
トラブルの後も、生ビールで乾杯!ずっと飲んでなかったのに、この国に来てから、ほぼ毎日飲んでいるような...。だって、暑いし、安いんですもの。

「自然に与えられると、自然に与えたくなる」
前回の記事ではるも書いていたのですが、ミャンマーの人たちの振る舞いは見ていて本当に気持ちがいい。
例えば、何気なく僕たちの重い荷物を持ってくれたり、こちらの具合を気づかってくれたり、そういう振る舞いを自然にしてくれる。
これが、他の国だと、「あぁ、これチップ要求してくるパターンだな~」とか、「うわ、やめて、荷物くらい自分で持つわい~!」とか感じてしまうところも多いんだけど、ミャンマーではそれがない。
本当にそういう下心なく、こちらのためにやってくれてる気がする。
そういう風に自然に人から何かをしてもらうと、こちらも自然に「あぁ、お返ししたいな。」とか、「チップおいていきたいな。」とか思えてくるから不思議です。
ケチな僕でも(笑)。

「見返りを求めない与えほど、何かをお返ししたくなるものだな~」、とミャンマーの人達には、すごく大事なことを教えてもらったように思います。
僕がこの旅中にはまったパーマカルチャーの教えの中にも、「余っているものを与えよう。」というのがあって、好きな考え方の一つです。
僕も、自分が出来ることや、持っているものを、自然に人に与えられるような人でありたいものだな~と思います。
僕が与えられるもの、何だろな?

ということで、学びも多い国ミャンマー。
最後に来てよかった!

ではまた!

まちゃ
こんにちは、はるです。
2泊3日のトレッキング中に、めちゃめちゃ汗をかいたり、めちゃめちゃ雨に降られたり、めちゃめちゃ日焼けしたりで、
からだが混乱したのか、帰ってきてから風邪をひいちゃいました。
帰国までにすっきりさせて帰りたいなぁ。

東南アジア最後の秘境といわれる国、ミャンマー。
到着後、しばらくはペースがつかめず、どうやって過ごしたものかと戸惑っていたわたしたち。
徐々にその真価がみえてきて、今ではすっかりミャンマーのとりこ!!です。
今日はわたしが思う、ミャンマーの魅力についてざっと書いてみたいと思います。

****   ****   ****

<人が良い>
何といっても人が良い!!
ミャンマーを旅した友人が口をそろえて言っていました。
「ミャンマーの人はみんないい人」、って。

正直ミャンマーに来る前は、「まぁ、いい人って言ってもね、そんなめちゃめちゃいい人ってわけじゃないでしょ。」くらいにしか思っていませんでした。
でも、来てみてその意味がはっきりとわかりました。
ミャンマーの人、みんな本当にめちゃめちゃいい人!!親切!優しい!そして、誠実!

みんなシャイで控え目。
挨拶したら、照れた感じのはにかみ笑いで挨拶を返してくれる。

お店の人も、全然ガツガツしてなくて。
ねぎってないのに、勝手に値段が安くなったり。
お釣りがないからっていって、少しまけてくれたり。
観光地であっても、客引きや物売りを仕事にしている人もしつこくなくて。
ふっかけてきたと思っても、最後にはこっちが最初に値切った値段で落ち着くし。
ぼったくったりとか、ウソついたりとか出来ない人たちなんだろうな、って感じがする。
接客もサービスもよくて、いつも気持ちよく買い物や食事ができる。

田舎の子どもや若者達はまだ観光客に慣れていないからか、じっとこちらの様子を伺うような反応。
それでもやっぱり小さな小さな子どもたちは、無邪気に手を振ってくれて可愛い。

仏教観がベースにあるため、大人も子どもも人は皆、相手を敬う姿勢があって、すごく穏やか。
心地良い距離感でコミュニケーションがとれる。

そして笑顔が眩しすぎる。
ミャンマーの人の笑顔の眩しさといったら、「なんでそんな曇りのない笑顔が出来るの?」と思ってしまうほど。

ミャンマーの人と接していると、人と人との温かい関わりってこういうことやよなーと思う。
そんな訳で、優しい笑顔で接してくれるミャンマーの人たちに癒される毎日。

お茶摘み
お茶摘みの季節。トレッキングで廻った山岳地帯はミャンマーのお茶の産地。

<田舎の暮らしが良い>
何といっても田舎の暮らしが良い!!
旅する前だったら、まだまだ発展途上の未開の暮らしと感じていただろうミャンマーの田舎の暮らし。
旅を終えようとしている今では、魅力的で先進的にさえ見えます。
わたしたちが実現したい暮らし、そのすべてがここにある。

土地の資源を使って立てる、自然素材の家。
食もエネルギーも自給的な暮らし。
村は一つのコミュニティーとして、村人みんなが関わりあって、助け合って暮らしている。

オフグリッドとかパーマカルチャーとか真新しいことを言うけれど、昔ながらの田舎の暮らしにこそその真髄がある。
本当にその通り。

牛さんで搾油
牛さんで搾油。ピーナッツからピーナッツ油をとっていた。

調理中
一般家庭も食堂も屋台も、薪で調理。

そして、ミャンマーは村ごとに部族が違っていることが多くて、隣の村とこちらの村では違う歴史や文化を持っているということがよくあります。
トレッキングをしながら廻っていると、その村々で違う民族衣装を着た村人に出会ったり、農作物や民芸品も違ったりするのです。
多様性に富んでいるのも魅力の一つ。

今見直されるべき持続可能な暮らしが、ここミャンマーでは当然のこととして日々営まれている。
それが羨ましくもあり、でも徐々に変わりゆく暮らしを思うと、なんだか申し訳なくもあり、なんとも複雑な心境を覚えます。

わたしたちはトレッキング中に、様々な村を通過し、ホームステイで現地の民家に滞在させてもらいました。
それは、リアルな土地の暮らしを垣間見れるとてもいい経験でした。
一方で、観光目的で入ってくる外国人が現地の人々やその暮らしに及ぼす影響はどれくらいあるだろうか、と考えさせられます。
良い影響だけだったらいいけれど、きっとそういう訳ではない。
自分たちはこうしてトレッキングで良い経験をさせてもらいながら、本当に勝手なことに、「ここに、あまり人は来ないで欲しいなぁ」と思っているのです。

水牛と水田
どこか懐かしい、日本の原風景をみているよう。

現地の自然環境や文化の侵害。比較による偏った価値観、表面的な発展や開発の押し付け。
世界中のどこででも同じことが起こっているのは変えがたい事実。
先住民族や少数民族といわれる人々の暮らしにお邪魔するたびに、いつも同じようなことを感じます。

観光地化やグローバリゼーションを進めているのは、こうしてわたしたちのようにやってくる観光客一人一人なんだ。
そんな問題意識を持つことが大切だと改めて思います。


<自然が良い>
何といっても自然が良い!!
まだ手つかずの自然、そして人々の暮らしとともにある豊かな自然がミャンマーにはたくさん残っています。

まさに秘境と呼ばれるにふさわしい景色を拝むことができます。
今まで旅してきたなかで、秘境と言えるところにはそうそう巡り合うことはなかったのですが、
「あぁ、これが秘境かぁ」と納得がいった感じ。

ある日の夜、何気なく窓を開けたら、ぽーっとほのかに明るい不思議な光が至る所に見えました。
「何だこれ?」と一瞬目を疑ったのですが、その正体は、なんとホタル!!
あんなに数えられないほどたくさんのホタルの光を見たのははじめてて、幻想的なその光にとても感動しました。

都市部では交通量が増え、空気も悪く騒音もひどい。
だけど、少し町を離れると、のどかな田園風景を見ることができます。
本当に遠い昔の世界にタイムスリップしたような、そんな感覚。
変わらないで欲しいなぁ、と思わずにはいられない風景。
そんな景色が見られるのはここミャンマーならでは。

今回は時間もなくて行けてないけれど、最南部の島々や海も綺麗なんだとか。
きっと、北部の山奥なんかもすごい自然が残っているんだろうな。
また何年か後に訪れてみたい国No.1のミャンマーです。

朝露に濡れる田畑
朝露に濡れる幻想的な田畑の風景

<コスパが良い>
何といってもコスパが良い!!
ミャンマーは、食事も宿泊費も移動費も観光費も、コスパが抜群にいいです。

事前に友人からは、タイやラオスと違ってゲストハウスが少なくてホテルタイプになるから宿泊費はけっこうかかると聞いていました。
確かに激安ではないけれど、プール付の中級ホテル、朝食付のダブルで一泊3,000円台とかなりお手ごろ。
日本のビジネスホテルより広いし、設備も整っているし、wi-fiもある。
今はシーズンオフなので、ネットで予約すればどこの宿も半額程度のセール価格、お客も少なくとても快適。
時々停電したり水が止まったりするけど、すぐに復活するし、気にするようなことではない。

ローカル食堂では一食数百円でお腹いっぱいになるし、観光客向けのレストランでも500円も出せば豪華なセットメニューが食べられる。
ビールが安いのは以前書いたとおりで、生ビール1杯約70円!!
市場で買うマンゴーはひとつ20円~と、マンゴー好きには嬉しすぎるお値段。

屋台のヌードル
屋台のヌードル50円弱。

移動手段もバスは現地人と変わりない値段で乗れて、時間通りに発着するし、不満のないレベル。
観光地によっては入域料が必要なところもあるけれど、それは払うべきもので納得のいく値段。
ガイドやツアーなんかも、どこも適正価格で誠実な仕事をしている印象。

総じて、ミャンマーのコスパ素晴らしい!
節約せずとも、満足度高い!!お財布にもメンタルも優しい!大好きミャンマー!!

絶品もやし炒め
安さも美味さも、暫定世界一!絶品もやし炒め130円。

・・・というわけで、人も暮らしも、自然も、旅のしやすさも抜群に良い、魅力いっぱいの国ミャンマー。
長旅最後の訪問国にとーーーってもふさわしい国なのでした。

そんなこんなで、あと数日で旅も終わり。
風邪を治して、残りのミャンマー時間も満喫して、笑って帰国できますように。

では、また!
はるみ
こんにちは、まちゃです。

いよいよ、あと一週間ほどで帰国となりました。
ということで、今日は帰国後のプランについて少し。

日本に帰ったら、鎌倉以外に暮らしの拠点を持ちたいと僕たちは妄想しています。
で、どこに行こうかなぁ、というのが帰国してからの大きなテーマの一つ。
出来ればもっと山奥に行きたい。
山奥といっても、地域によって、過疎化する地域があったり、移住者を積極的に受け入れて、人口が増えている地域があったり、色々だ。

川で瞑想
メキシコのパーマカルチャーサイトにて。水がキレイなところに住みたい。

ロバライフ
移動はロバで。電気はソーラーパネルで。調理はソーラークッカー。シャワーは太陽熱温水器。そんなオフグリッドライフを妄想している。

今のところ、一つの選択肢として考えているのは地域おこし協力隊の利用。
地域おこし協力隊は、受け入れ自治体が年々増えていて、自治体間で人材の取り合い状態になってきているそうだ。
積極的に協力隊員を活かして地域おこしに取り組んでいる自治体もあれば、制度があるからとりあえず受けいれているというだけの自治体も少なくない、と聞く。
自治体と隊員の適切なマッチングは、重要視されるべきものだと思う。

地域おこし協力隊制度の利用を考えてはいるものの、はっきり言って、僕たちは「地域おこし」をしたい訳ではない。
自分たちが妄想するステキな暮らしをカタチにしたい。
ただ、それだけ。

暮らしをはじめたら、もちろん地域の人や自然、資源と深く関わっていくことになるし、
その土地の歴史や文化に徐々に触れていくことになると思う。
生活の中で、少しずつその地に馴染んでいけたらいいなと願っている。
そうして暮らしをカタチにしていくその過程で、僕たちがしたいこと、していること、が結果的に「地域おこし」に繋がったらいいな、と思っている。

だから、僕たちには、「ここの地域に行きたい」という特定の場所があるわけではない。
ただ、気兼ねなく、やりたいことをやりまくれる地域であればどこでもいい。
僕たちが妄想している暮らしを、「いいね、それ!うちの地域でやってみてよ!」、と言ってくれる懐の広い地域がないものかと考えている。

そんな「来るもの拒まず」のオープンな地域におじゃまさせてもらって、ステキな暮らしをまずはじめたい。
僕たちみたいな得体の知れないよそ者でも、「ウェルカム!」と言ってくれる地域なら、どんなところであれぜひ行ってみたい。

逆にそれが言えない地域は、今後とも過疎化が止まらないのかもしれない。
でも別にそれはそれでいいと思う。
過疎化する地域にとっては、そのまま閉じていく、ということも重要な選択肢の一つなのだから。
場合によっては、そうやって「地域の閉じ方」を議論していくことも、必要なことだと思っている。
大事なのは、それぞれの地域に住む人々がどの道を選ぶのか、今後地域がどうなっていくことを望むのか、ちゃんと議論されていることだ。

ガブちゃん家
コスタリカのファームにて。おうちはセルフビルドでした。僕たちもやりたい。

ピワカワカ
ニュージーランドのアワアワロア・エコビレッジにて。セルフビルドなら、こんなナチュラルコブハウスもいいなぁ。

牛さん
エコビレッジでは、みんなで牛を飼ってミルクを取っていた。コミュニティで動物を飼うのもいい。


さて、そんな僕たちの妄想をカタチにしていくのに、ぴったりな地域と、どうしたら出会えるだろうか?
何かいい仕組みは無いものか。
そこで考えた。

こちらから逆に求人を出せばいいんじゃないか。
はい!と手を挙げて、地域の方に僕たちを見つけてもらう。
もし、「ここにおいで」って言ってくれるところがあるならば、自分たちだけで無限とある地域から移住先を探し出すよりも、合理的。
移住者を募る地域の方から、移住希望者を獲得しにいく。
これからの時代は、そんなマッチングの仕組みがあったっていい。

これまた、新しい仕組みじゃないか。
移住希望者が自分をPRして、地域側がそれをみて「うちに来てくれ」と移住先のオファーをする。
そんな『逆求人サイト』があれば、結構世の中のためになる気がする。

≪逆求人! こんな移住者、いりませんか?≫
・30歳夫婦
・(夫)元・農系出版社勤務 (妻)ソーシャルワーカー
・少子化対策に貢献(予定)
・よく食べ、よく寝て、よく働き、よく遊ぶ
・趣味 散歩、旅
・世界中にステキ暮らしネットワーク構築中

◇やりたいこと◇
・田舎で子育て
・オフグリット生活
・自然農、パーマカルチャー
・セルフ&ナチュラルビルド
・自伐林業
・コミュニティ内自給
・きまぐれカフェ、青空シネマ、お家図書館
・気功、太極拳、合気道
・身近で日常的なリトリート
・ホームスティ受け入れ
・楽しいこと、必要とされていること、なら何でもします。

ということで、僕たち夫婦の受け入れ地域を募集します。
僕たちに「ぜひ来て欲しい!」、「あなたの妄想をここでカタチに!」、という地域の方々、いらっしゃいましたらお気軽にご連絡を。
応募多数の場合、現地面接、現地体験移住を経て、最終決定を行います。


・・・、な~んてね。
でも、結構本気でそう思っている。
こんな感じで、移住先が決まったら面白良いなぁ。

とまぁ、そんな妄想はひとまず置いておくとして、今の時点で、僕たちが実際に注目しているのは奈良県南部あたりの地域。
色んな点で、僕たちの理想に近いエリアかもしれないなぁと思っています。

帰国して、落ち着いたら、軽トラを手に入れて、二人で奈良県南部や和歌山南部あたりのエリアをwwoofとかしながら、じっくり回ってみようかと思っています。
もしかしたら、ステキな巡り合わせがあるかもね。

ということで、夢は尽きない僕たち二人。
ではまた!

まちゃ
<記事>2015年12月 アメリカ合衆国 アリゾナ州 グランドサークル
<現在地>ミャンマー ニャウンシュエ

こんにちは、まちゃです。

昨日まで、カローという町から、今いるニャウンシュエというインレー湖畔の町へのトレッキングをしていました。
2泊3日で65kmのトレッキングです。
トレッキング中は、リアルな秘境の暮らしが垣間見れて、大満足。
それにしても、かなりいいです、ミャンマー。
この国を歩いていると、僕も見たことが無い、昔々の日本に来ているような感覚に陥ります。
ミャンマーについての記事は、また別の機会に改めて書こうと思いますが、僕の中では、ミャンマーは東南アジアの中でも一番好きな国になりました。

さて今回の記事の舞台は、引き続きアリゾナです。
雪も降り積もる真冬のアリゾナで、連日の極寒キャンプを経験した時のお話。

ナバホ族のファミリーの家でホームステイをしたあと、僕たちは1週間かけて、レンタカーでグランドサークルを回りました。
グランドサークルとは、アリゾナ州レイクパウエルを中心とする半径230kmの範囲内に、8つの国立公園と、多くの自然・文化公園が存在しているエリアのこと。
僕たちはそのエリア内の中でも、セドナ、グランドキャニオン、モニュメントバレーの3つのスポットに、それぞれ2泊ずつ泊まって、じっくり見て回ることにしました。

お金を節約したい!というのと自然をまるごと満喫したい!ということで、グランドサークルドライブ旅では、泊まりは全てキャンプ泊をしようと決めていました。
時は12月の中頃で、アリゾナは冬真っ只中。
行く前にも、ネットでグランドサークルのキャンプ泊情報を探してみたのですが、出てくる情報は、ほとんど夏の情報ばかり。
冬にはキャンプ場は閉まるところも多いらしく、冬にキャンプして回ってる人の情報は全然出てこない。
自分達だけでキャンプするのも、初めてだったし、わからないことだらけの挑戦でした。

で、実際やってみてどうだったか。
結論から言うと、僕たちは、1週間全てキャンプ泊だけで乗り切ることに成功しました。

めちゃめちゃ寒かった!もう人生で一番寒い経験でした。
でも僕たちは、この経験でアウトドア活動の魅力に完全に目覚めました。
アウトドアほぼ素人だったけど、あれほど寒いキャンプを経験してからは、もう大抵のとこでなら楽々キャンプできるんじゃないかと自負しています。

さて、グランドサークルドライブ旅の最初に僕たちが向かったのは、セドナという場所。
ここはパワースポットとして有名。
あちこちに地球のエネルギーが渦のように噴出している場所があるとされていて、その場所はボルテックスと呼ばれています。

カセドラルロック
四大ボルテックスの一つカテドラルロック。

ボルテックス
ボルテックスでよく見られる、ねじれている木。噴出してる強い地球のエネルギーでこうなっちゃうんだとか。

さて、セドナに着いてから、さっそく町のビジターセンターで、キャンプ場について聞いてみたところ、セドナの町のなかにあるキャンプ場は、冬の間は全て閉まっているとのこと。
「まじかぁ、やっぱり真冬のアリゾナでキャンプなんて無謀なのかなぁ。」とビビリつつも、「隣町のキャンプ場なら唯一、冬でも開いている。」とのことなので、そっちへ行ってみることに。

無事キャンプ場にたどり着いたけど、時間が遅くて、薪売り場も閉まっていたので、火は焚けず。
キャンプしている人はほぼ皆無。
キャンピングカーで泊まっている?住んでいる?人たちはいるようだけど、ぼくたちは安いテントサイトでテントを張ることにしたので交流もなく。
寒すぎて何もすることができず、テントの中で買っておいた缶詰とかを冷たいまま食べて、すぐさま就寝。

・・・のはずが、
夜は寒さのあまり、数時間おきに目が覚める(笑)。
それでもなんとか朝を迎えることができたけど、よく見てみると、テントの中も、寝袋の表面も真っ白に凍ってました。
さて、「出発するか」とテントを片付けようとするけど、寒すぎて手が痛すぎて、テントに触れるのもしんどい。
手とか顔とか痛すぎて泣きそうになって、テントをほっぽりだして、車の中に閉じこもり、しばらく現実逃避する僕。

「いかんいかん!」と気を取り直して、再びテントの片付けに取り掛かろうとするものの、はぁやっぱ辛い!

ふと、横を見ると、なんと、はるが泣いているではありませんか。
ご、ごめん、俺が現実逃避していたせいか?
いや、それとも寒すぎて辛すぎて泣いているのかな?

と思っていると、今度ははるが笑いだした。
泣きながら、笑っている。
一体彼女の中で何が起こっているんだろうか?

と、あまりの寒さで精神的によくわからない状態になる二人でしたが(笑)、朝日の温もりに元気付けられながら、なんとか片づけを済ませキャンプ場をあとにしたのでした。



セドナの隣町で2泊したあと、僕たちはグランドキャニオンへ向かいました。
グランドキャニオンはセドナよりも寒いという情報。
行ってみるとセドナよりも雪が大分積もっていました。
でも、キャンプ場は一部だけ空いていて、テント泊してる人も意外といました。

テントwith雪
こんな感じでテント泊していた。ちょうど数日前に雪が降ったところだった。

ここでは、薪を買って、火を焚くことも出来ました。
で、思ったのが、やっぱり同じキャンプでも、火があるのとないのとでは、面白さが全然違う!
火をおこしながら、「あ、俺、キャンプ好きかも。いや、好きだわ。」とはっきりと確信しました。
火があれば暖かいご飯も食べられるし、暖をとれて心が安らぐし、焚き火の炎をみているのは全然あきない。
火がなかったら味気なくて、キャンプというか、ただの野宿とあまり変わらないですもんね。

あと、キャンプをしてみて気がついたのは、この旅を通して知らないうちにサバイバル能力が少しずつ上がっていたのかな~、ということ。
例えば、火のおこし方とか、直火でのご飯の炊き方とか、これまでの旅の中で身に着けてきた能力がこのキャンプ中にいかんなく発揮されていたように思う。
キャンプといっても、調理器具を一式揃えているわけではないので、空いた缶詰でご飯を炊いてみたり。
限られた薪を慎重に使いながら、いかに火を長くもたせられるか予想をつけて考えたり。
自分たちで考えて、工夫して、なんとかやっていく力も身についた。
もし、これまでの旅の経験がなかったら、今回のキャンプは自分たちだけでは乗り切れなかったかもなぁと思います。
旅は気付かぬうちに人を逞しくさせるものです。

空き缶ご飯
火があれば、ご飯も温かいおかずもデザートも食後のコーヒーも用意できる。火って素晴らしい。

火星的グランドキャニオン
グランドキャニオンはまるで地球じゃないみたいだった。だんだん目が慣れてきちゃったけど。

ちなみに一晩泊まってから知ったんだけど、その日のグランドキャニオンの夜の気温はマイナス10度くらいだったらしい。
あとで知って二人でびっくりした。
確かに、めちゃくちゃ寒かったもんなぁ。でも意外といけたなぁ、なんて。
でも、前もって知らなかったからこそ、乗り切れたのかもねぇ、と二人でしみじみ話していました。
もしマイナス10度って数字を知ってたら、余計しんどく感じて、「もう無理!!」ってなっていたかも。
いや、そもそもテント泊でキャンプなんて、早々に諦めてたかも。

今思えば、確かに朝ごはんでシリアルにミルクかけたら、注いだ瞬間にミルクが凍ってましたもんね。
パックから出てきた瞬間、シャリシャリに。あんなの初めて見たし。そりゃ寒いわな。

瞬間氷結ミルク
朝食にはシリアル。注ぐと凍るミルクと一緒に召し上がれ。

ということで、グランドキャニオンで2泊して、続くモニュメントバレーで泊まる頃には、もうすっかり、極寒キャンプに慣れていた僕たちなのでした。

モニュメントバレーです
モニュメントバレーもやっぱりすごかった。テント泊はもう慣れました。

この後、ハワイやオーストラリアやニュージーランドでも何度かキャンプをしたけど、アリゾナ極寒キャンプを経験したせいか、どんなところでも快適で平和なキャンプに感じることが多かった。テントや寝袋が凍らず眠れるというだけで、ものすごく快適だと感じる(笑)。

この旅でキャンプやアウトドアの面白さを知ったので、日本でもぜひ色んなところでキャンプしてみたいなぁと思っている。
日本ではテント泊してもいい場所ってかなり限られてるんだろうか。

あぁ、やりたいこといっぱい。

ではまた!

まちゃ
<記事>2015年12月 アメリカ アリゾナ州ナバホネーション
<現在地>ミャンマー ピンウールィン

こんにちは、はるです。
高原の避暑地に来て、随分安定したわたしたち。
ミャンマーに何のために来たのかなー、なんて考えていたんですが、「何もしない」ことをするために来たのかな、とふと思いました。
シーズン真っ盛りなマンゴーが美味しすぎて、「そうか、ミャンマーにはマンゴー食べに来たんやな!」なんて言ったりして。
だいぶ平和です。だいぶ幸せです。

さてさて、今回はアメリカアリゾナ州でヒッチハイクにチャレンジしていたときのお話。
もう半年も前のことなのか~。時間が経つのはほんとに早いな~。

****   ****   ****

【「きっと大丈夫」。その直感を信じぬくことが大事。】
アメリカでは珍しくはないですが、旅行者は交通手段に悩まされることが多いです。
主要都市から都市へのバスは整備されているものの、街中での移動や、隣街への移動のための足が圧倒的に少ない。

3ヶ月間のアメリカ滞在のスタートは、アリゾナ州でナバホ族の家族のもとでホームステイをさせてもらう予定だったわたしたち。
ホスト宅への行き方を調べたものの、公共交通機関はありません。
バスで行ける最寄の街からホスト宅までの移動は、ホストに片道3-4時間の道のりを迎えにきてもらうか、自力で行くかのどちらか。
往復6時間超の道のりをわざわざ迎えに来てもらうのは気が引けるので、わたしたちは自力で行く道を選びました。

自力というのは、つまり、ヒッチハイク。
アジアや日本では、何度かしたことはあるヒッチハイク。
でもこの旅の中で、本格的な長距離ヒッチハイクをするのははじめてです。
はじめてのアメリカ。しかも、真冬の寒空の下。
どうなるかわからないけど、決めたからには、とりあえずやってみるしかない。
不安を抱えながら、夜明けを待って、さっそくヒッチハイクにチャレンジしてみました。

to page
スケッチブックに行き先を書いて掲げる。慣れるまでちょっと恥ずかしい・・・。

はじめに立ったポイントは、ハイウェイ沿い。車がびゅんびゅん走っている、交通量の多い道です。
持っていたスケッチブックに大きく行き先を書いて掲げます。

何台かはスピードを落として、スケッチブックを見たり、笑顔を向けてくれたりしたものの、車は一向に止まってくれません。
悲しいことに、中指を突き立てたり、
ブーイングサインを浴びせてくる人もいて、かなり精神的にやられました。

ヒッチハイクをはじめて早4時間。
そんなに立ち続けていたのかた思うくらいの時間が経っていました。
朝からはじめたのに、もうお昼に。
まちゃは、顔に生気はなく、疲れ果てて、負のオーラを放ちまくっていました。

まちゃ「もう無理や~、無理やって~・・・。」
わたし「そんなこと言ってても、どうにもならへんで!」
まちゃ「しんどい~、寒いぃ~、もう嫌や~。」
わたし「うちだってしんどい!!そんな顔やったら、誰も止まってくれへんで!!」

そんな会話を幾度となく繰り返し、明らかに落ちているまちゃに渇をいれ続けるわたし。
どうなるのかという不安を抱えながら、まちゃに渇を入れると同時に、自分自身を励ましていました。

でも、そんな状況でも、わたしは不思議と前向きでした。
次の展開がどうなるかとワクワクもしていたのです。
こうなるだろうことは予想していたし、始めの1台さえつかまれば、そのあとはきっとうまくいく。
諦めたらおしまいだ。きっと誰かが
拾ってくれる。
そう信じて、ハイウェイ沿いに立ち続けたのです。

ハイウェイ89
ルート66より断然思い出深いハイウェイ89。

そんな時、一人の男性がまちゃのもとに来て、何か話をはじめました。
ロングヘアーに浅黒い肌、大きな目と大きなからだ。
みるからに、ネイティブを思わせる風貌の男性でした。

彼は、「ここでは一日中立ち続けていても誰もとまってくれないよ。ここからしばらく行った街の端なら、もっと簡単に止まってくれる。」
そういって、丁寧にヒッチハイクポイントを教えてくれました。
「夕方になるともっと寒くなるし、車も減る。でも、今からすぐに移動したら大丈夫だから心配しないで。グッドラック!!」
そういって笑顔で去っていった男性はナバホのおじさん。

おぉ!!なんてありがたい情報!ありがとう、ナバホのおじさん!
急に希望の光がみえてきました。
大急ぎで、彼に教えてもらった場所に移動し、改めてヒッチハイクを再開しました。
交通量は減ったものの、目的地に続く一本道。
さっきまでのハイウェイ沿いとは違って、通り過ぎるドライバーの視線も幾分柔らかく感じられる・・・。

望みを捨てず、ボードを掲げて立つこと30分ばかり。
ようやく一台の車が止まってくれました。わたしたちを拾ってくれたのはナバホの女性。
バンの荷台に乗せてくれて、目的地より二つ手前の町まで、1時間ほど乗せてもらうことができました。

お礼を言って、次のヒッチハイクに臨みます。
まだまだ先は長いぞ・・・と思っていたら、こちらがヒッチハイクを始める前に声をかけてくれたのは若い男性。
この男性もナバホの方でした。
「途中までになるけど・・・」と親切に申し出てくれ、家族が運転する車に乗せてくれました。

その後も、苦戦することなく声をかけてくれる人が現れて、最後には随分遠回りになるにも関わらず、わざわざ最終目的地まで送ってくれる方もいて、無事に目的地のホスト宅にたどりつくことができました。
なんとかなると思ってた通り、やっぱり最後はなんとかなった。

to page2
辺り一面赤い大地の絶景だけど、はじめはヒッチに必死で景色を楽しむ余裕もなかった・・・。

「なんとかなる」「きっと大丈夫」、そう感じる直感は不思議と外れることはありません。
根拠のないものなので、危ないといえば危ないんですが、いつも直感を信じるとうまくいくのです。
逆に、「んー、大丈夫かな?心配やな。」そう感じるときは、たいていの場合うまくいかない。
今回も直感を信じた結果、無事に目的地まで到着でき、優しい人たちに出会える貴重な経験ができました。

直感に敏感であること。直感を信じ抜くこと。
これって、自分が思っている以上に大切なことなんだと思います。


【純粋に人を思う気持ちが「優しさ」だと思う。優しい人は、どこででも、誰にでも、変わらず優しい。】
ヒッチハイクがこんなにスムーズにいくようになった一つの理由は、リザベーションというナバホ居留地に入っていたから。
リザベーション内ではヒッチハイクは日常的なことのようで、ナバホの人たちは当然のこととしてお互いに助け合っています。
わたしたちもヒッチハイクをしているときに、同じようにヒッチハイクをしているナバホの人を見かけることがありました。

ありがたいのは、ナバホの方たちはわたしたちのようなよそ者も変わりなく拾ってくれること。

わたしたちはホームステイ中も、時間がある日はヒッチハイクで近くの名所に出かけていました。
途中、普通に道を歩いて散歩しているだけでも、車を止めて声をかけてくれるナバホの方がたくさんいます。
水分補給のために道端で休憩していたときなんか、「大丈夫か??」と車から駆け下りてきてくれた方もいました。
ヒッチしていないのに、車が止まる。求める前に、向こうから手を差し出してくれる。

おそらく、ヒッチしているから「乗せてあげよう」と車を止めるのではなくて、そこに人がいるから「どうしたのかな」と反射的に車を止める。
色々と考える前に、先に体が動いている。純粋に人を思う気持ちからくる行動。そういう優しい行動を自然ととれる人たちなんだと思います。

ただ無条件に差し出される優しさ。
そんな優しさに触れて、すごく心が満たされたというか、救われたというか。
人を思う気持ちからくる見返りの無い純粋な優しさは、人を救う。
そんなことを学んだ経験でした。

ホースシューベンド
ヒッチで行ったホースシューベンド。拾ってくれたのは陽気なメキシコ人男性だった。

もう一つ学んだこと。
一度、ヒッチをしているときに、休暇で旅行しているというアメリカ人(ニューヨーク出身)のカップルに拾ってもらったことがありました。
ヒッチハイクで廻っていると言うと、「僕たちにはできないよ、アメリカ国内でヒッチするなんて考えたこともない」と大層驚かれました。

自分たちはヒッチなんてできない。そうは言いながらも、ヒッチハイカーのわたしたちを拾ってくれた優しいカップル。
「貴重な経験だね、よい旅を!」といって見送ってくれた二人はとても爽やかで温かくて、本当に失礼ながら、「親切なのはナバホの人たちだけじゃない」って思ったのです。

他にもわたしたちを拾ってくれた、メキシコ人の男性も、ポートランド出身の女性も、申し訳ないくらいとても親切にしてくれました。

ナバホのリザベーション内だから、ナバホの人たちだから、優しくしてくれる。
それって大きな思い違い。
優しい人はどこにでもいるし、本当に優しい人は、どこにいても、誰に対しても、変わりなく優しい。
わたしたちを拾ってくれた、あのドライバーたちのように。
わたしもそうありたい。どこにいても、誰に対しても、変わらずに優しい心で接することができる人でありたい。
人の温かい優しさに触れて、心からそう思ったのでした。

ホースシューベンド瞑想
目的地に着いた後は、ぼーっとして、人の優しさの余韻に浸っていた。

【目の前にいるその人を、「疑ってかかる」のではなく、「疑わない」からはじめたい。】
ヒッチハイクをしながら、ふと考えていたこと。
自分が車を運転している側として、身を置き換えてみたら・・・。

道端に誰だかわからない若者が立っていたら、はたして車を止めて声をかけるだろうか。
「止めようか、どうしようか」と迷っているうちに、さっと通り過ぎてしまうのでは。
そもそも、迷う前に「怪しい人かも」「自分には関係ない」って見てみぬふりしちゃうかも。

わたしたちの姿を見て、迷うことなく止まってくれる人たち、笑顔で話しかけてくれる人たちに出会って、人って知りもしない他人にこんなに優しくできるんだ、って驚きました。
素性の知れぬ旅人を、疑うことなく助けてくれる親切な人たちに、ただただ感謝の気持ちでいっぱいになりました。

よく、「近づいてくる人は疑ってかかれ!」「知らない人には近づくな!」みたいなことを聞いたりするけれど、わたしはそうはありたくない。
自分の身を守ることは何より大事。
でも、相手を疑がってかかるよりも、敬遠するよりも、自分を守る方法は他にもあると思うのです。

思い出したのが、旅をしているとよくある現地の人との関わりについて。
「日本人か?どこから来た?」と突然やたらとフレンドリーに話しかけられると、「ん?何だこの人、ぼったくりに来たのか?」と身構えちゃったりします。
でも、会話を重ねていくうちに、その人はただ日本に興味があるだけだったり、観光客がめずらしくて話しかけてきただけだったり、ということがわかってきます。
(中には実際にぼったくろうとしてくる人ももちろんいるので、相手をみる必要はあるけれど)
話をしていく中で、時には家に招かれたり、ローカルな穴場を紹介されたり、と思いがけない面白い展開になっていって、忘れられない旅の思い出になることも。
それも「怪しい」と疑ってかかって、こちらからシャットアウトしてしまったらそこでおしまい。
何も関わりが生まれず、もったいないことになってしまいます。

知りもしない他人だからこそ「疑ってかかる」のではなくて、「疑わない」で関わってみる。
オープンな心で向き合う。まずはそのことからはじめたい。そう改めて思ったのでした。

.アンテロープキャニオン2
ヒッチで行ったアンテロープキャニオン。すごい景観だったけど、ヒッチの思い出の方が記憶に残っている。

【ヒッチハイクは最高の自己分析手段
やってみて、気付いたこと。
それは、ヒッチハイクは自己分析に最適だということ。
ヒッチハイクは、自分の弱さと向き合う、精神の修行。
そして、自分の強さを知る、絶好の機会。

ヒッチハイクをしていると、気付かないうちに自分本位の感情が膨れ上がってきます。
初日にヒッチハイクをはじめた当初、全然車を止めてくれる人がいなくて、「なんで誰も止まってくれないの?」って思ってました。
うまくいかない原因を他人(ひと)に求めて、「なんで相手は~」って、勝手に他人(ひと)のせいにしようとする。
ヒッチハイクをしようと決めたのは他ならぬ自分なのに。

そして、しんどいと言って座りこむまちゃをみて、「なんでわたしばっかり頑張ってるの!」ってイライラする。
「わたしばっかり~」ってひがんでしまう心が出てくる。
まちゃだって、同じくらい頑張ってくれているのに。

いやいや、そうじゃない。
途中ではっと気付いて自分に問いかけます。

「自分でやると決めたヒッチハイク。うまくいかないのを他人(ひと)のせいにしていいの?」
「誰に強制されてるわけでもない。しんどかったら休めばいいだけじゃない?」

そんな会話を自分自身としながら、ともすれば責任転嫁してしまう自分の弱いところと向き合って、
「もうちょっと頑張れる」「自分で決めてやってるんだから」って自分の意志を確認していました。

また、先に書いたように、「きっとうまくいく」という直感を信じて進むこと。
諦めかけているまちゃをうまく鼓舞しながら(うまく、ではないか・・・笑)、引っ張られずに頑張れること。
自分たちを拾ってくれた方、はじめましての方との出会いを大切にコミュニケーションを楽しむこと。
そんな自分の強みも再確認できたと思います。

ヒッチハイクをしていると、自分の良いところも、悪いところも、弱いところも、強いところも、全部クリアにみえてきて、しんどいけれど面白いです。
そして、学ぶことがめちゃめちゃあります。ヒッチハイク、やってみて良かった。
一風変わった自己分析をしたい人には、ヒッチハイク、お勧めです。
(もちろん、場所や時間を考えて、自分の身の安全を第一に!)

アンテロープキャニオン
人が少なくて、ゆっくり観れた。アリゾナ観光は冬が狙い目!


というわけで、今までにない貴重な経験をさせてもらったヒッチハイク。
旅の間だけでなく、帰国後もちょくちょくやってみたいと思っています。

では、また!
はるみ
<記事>2015年12月 アメリカ合衆国 アリゾナ州 ナバホネイション
<現在地>ミャンマー ピンウールィン 

こんにちは、まちゃです。

暑すぎたマンダレーからピンウールィンという町に移動してきました。
ここピンウールィンは高原の町で、イギリス植民地時代から避暑地として人々が訪れてきた場所だったそう。
確かにこの町に近づくにつれ、外の空気が澄んでいき、自然の空気に変わってくるのがはっきりわかる。

着いてみると、涼しいし緑も多いし、日本で言ったら軽井沢みたいな感じでしょうか。
今泊まってる宿も、約100年の歴史があるコロニアル調の洋館ホテルで、とてもステキ(宿代も安かった!)。
あたくし、もう気分はすっかり文豪です。
執筆に集中するために軽井沢の別荘にやってきた文豪です。
ということで、数日ここで滞在して、ブログ執筆にも取り組んでまいりたいと思う所存です。

さて、今日からまた時間が前後しますが、何回かに分けて、昨年12月ごろ滞在したアメリカ、アリゾナ州でのお話を書こうと思います。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

突然ですが、みなさんは、「虹の戦士」というお話をご存知でしょうか?
それは北米先住民族の間に伝わるお話。

『地球が病んで、動物たちが姿を消しはじめる時、まさにそのとき、みんなを救うために虹の戦士があらわれる』、
というお話です。

このお話には、部族によって色んなバリエーションがあるらしくて、もっと長い話もあります。

僕は、北米先住民族の精神や物語が大好きなのですが、その中でもこのお話は一番好きな話です。
この話を読むと、未来の世界に何となく希望を感じることができます。

このお話のことをもっと知りたい、という方は、北山耕平さんという方が翻案をされた「虹の戦士 Warriors of the Rainbow」という本が太田出版から出ているのでぜひ読んでみてください。

虹の戦士
「虹の戦士」の本。ずっと持ち歩いて旅してます。

その「虹の戦士」の本の中から、印象的だった文章を少しだけ紹介させていただきます。

『地球が病んで、動物たちが姿を消しはじめ、人々が健康を失って愚かな振る舞いを始める頃、つまり、地球の変化が激しくなって「偉大なる浄化の時」が始まると、伝説や、物語や、古い教えや、儀式や、神話や、太古の部族の風習などを、しっかりと守り続けてきた者たちの時代が到来する。』

『虹の戦士とは、自分が好きになれるような世界を作るために、なにかを自発的に始める人たちだ。正義と、平和と、自由に目覚め、偉大なる精霊の存在を認める存在。日本列島は、母なる地球は、その人たちの到来を必要としている。』

『愛と喜びをみんなの間にひろげることだけが、この世界の憎しみを理解と優しさに変えることができる。』


これって、まさしく今の時代のことを予言しているような気がします。
僕が初めてこの本と出会ったのは、この旅で最初に訪れた国、タイのパーマカルチャーファーム・タコメパイに滞在したとき。
本棚の奥にホコリだらけになって、眠っていたのを見つけて読み、すごく感銘を受けたので、そのままもらってきました。
以来、この本とずっと一緒に世界を旅していて、今でも時々読み返しています。

と、いうこともあって、今回の旅では、ぜひ北米先住民族の暮らしも訪ねてみたいなぁ、とずっと思っていました。
そして、実際に2015年の12月、僕達はアメリカ・アリゾナ州のナバホ・ネイションを訪れ、ナバホ族の家族のおうちでホームステイさせてもらうことになりました。
ちなみにナバホ・ネイションとは、アメリカ合衆国のアリゾナ州、ユタ州、ニューメキシコ州にまたがって位置する、ネイティブアメリカンの準自治領のことです。

ナバホ族の「虹の戦士」に出会えたらいいなぁ、とそんな気持ちもありながら、僕たちはナバホ・ネイションへやってきたのでした。

しかし、ホームステイさせてもらった家庭での暮らしは、かなり現代的で消費的な生活、いわゆる伝統的なナバホ族の暮らしとは大きく違うものでした。
「虹の戦士」のお話の中で描かれるようなスピリットとともにある暮らしは、そこでは経験することができませんでした。

とはいえ、お世話になった家族は、みな仲良しで、いい家族だったし、そういうギャップがあることは、行く前から予想もしていました。
ナバホファミリーでの滞在は期待するものとは少し違ってはいたけれど、同時に大切なことを再確認することができました。

それは次のようなこと。

「虹の戦士」のお話は、決して北米先住民族だけのための話ではない。
国籍や人種や宗教などのあらゆる違いも関係なく、誰もが「虹の戦士」になりうる存在だということ。
そして、北米先住民族に会いに行かなくとも「虹の戦士」には世界中どこに行っても出会うことができる、ということ。


「虹の戦士」の本の中にも、

『重要なのは血ではなくて生き方だ』、とあります。

また、

『われわれは、もし望むなら生き方そのものを変えることができる』、とも。

日々の暮らしの中で感じた違和感と向き合い、それを本気で変えるために、行動を始めた人は皆、「虹の戦士」だと言えるのでしょう。
僕たちも、この旅の中で、「人にも自然にも負担をかけたくないなぁ。」と心から実感することが、たくさんありました。
そしてその実感が、自分達の暮らし方を本気でステキにしたい!という想いをさらに強めました。
あとは、ただただ想いをカタチにしていくだけです。

今回の旅で、試行錯誤しながらも、「自分が本当に望む暮らし」をカタチにし続けている人々にたくさん出会うことができました。
彼らは皆、「自分が好きになれる世界を作るために何かを自発的に始めている人たち」でした。

僕達の、「世界のステキ暮らしを訪ねる旅」は、まさに「世界の虹の戦士と出会う旅」だったなぁ、と感じています。

北米先住民族の間で語り継がれ信じられてきた、「虹の戦士たちの到来」は、今、着実に、そして同時多発的に、世界中で起こっています。
僕達も、そんな虹の戦士たちのあとに続きたい!と思います。

僕はぜひとも、今回の旅で出会った虹の戦士たちと、今後も継続的にコミュニケーションをとり続けたい。
互いの暮らしの拠点を行き来したり、情報を交換したりしながら。
そんなことを考えながら、少し先の未来に想いを馳せて、僕たちはいつもワクワクしています。

そして日本に帰ってから、日本の虹の戦士たちと、もっともっと出会って、繋がっていくことも、すごく楽しみにしている。
虹の戦士は世界中どこにでもいる。
もちろん日本にもたくさんいるはず。
あぁ、はやく帰国したい。

アリゾナの夕日
ホームステイ先でいつも見ていた夕日。とても幻想的だった。

最後になりますが、もう一つだけ言っておきたいこと。
それは、出会ったナバホ族の人たちはみんな素晴らしく優しい人たちだったということ。
困っている人がいたら助けるっていうことが、驚くほど自然に出来る人たちでした。
僕は、彼らの優しさに何度も心が救われました。
特にヒッチハイクをした時に、そういうことをよく感じました。
その話はまた次回にしたいと思います。

ではまた!
まちゃ
<記事>2016年4月 オーストラリア タスマニア
<現在地>ミャンマー マンダレー

こんにちは、はるです。
この旅最後の訪問国、ミャンマーに来ております。
久しぶりのアジア。
暑いし、騒々しすぎるし、ちょっとおされ気味ですが、急ぐ必要もないし、マイペースにいこうと思っています。

さて、今日の記事は、タスマニア滞在中の食について。
やっぱり食べるの大好きー!なわたしたちが味わった美味しいタスマニアでの食事レポートと、わたしたちが考える食への想いについて。

****    ****    ****

<畑から食卓へ 楽しみの種類も量も格段に増す自給自足>
お世話になったパーマカルチャーファームではほとんどの野菜を自給しています。
ホストのポールは通年に渡ってたくさんのボランティアを受け入れています。
たくさんのボランティアをホストするには食費がかさむもの。
でも、ここではボランティアの力も借りて、様々な野菜を育てていて食べるものには心配がありません。

いつもその日に採れる野菜をみて、何を作ろうかと考えます。
採りたてのフレッシュなグリーンサラダは、野菜の味だけで十分美味しい。
オーガニックなので、余すところなく全部いただきます。
一部が少々痛んでいてもよければ問題なく食べれるし、皮も、花も、時には根っこも食べれちゃう。

フレッシュサラダ
畑から採りたてのフレッシュサラダ カラフルなお花は食べて美味しい、目に嬉しい

ある日のランチ
ある日のランチ 釜焼きピザとパン、畑の野菜サラダとグリル


わたしたちが毎日いただいていたのは、前のシーズンに来たボランティアたちがお世話してくれていた野菜たち。
わたしたちはそれを美味しくいただいて、次に来る人たちを思って、今ガーデンにある野菜のお世話をします。
種や苗を植えて、「立派に育って、美味しく食べてもらってね」って願いながら。

育てる楽しみ、収穫する楽しみ、料理する楽しみ、美味しくいただく楽しみ。
そして、どんな風に育つだろうか、どんな風に食べてもらうんだろうか、と少し先の未来に想いをはせる楽しみ。
その全部を味わえるのは、自給ならでは。
それはいわば、大変さや失敗も全部含めての楽しみ。

そうやって、大変さや失敗を苦と思わずに楽しめるのって、ステキな暮らしのエッセンスだと思っています。
どこで暮らすようになっても、できる範囲で自分たちが食べる野菜は自給しよう。そうやって、いつもまちゃと話しています。
あぁー、早く自分たちの畑をしたい!小さくてもいいからガーデニングしたい!!

かぼちゃアーチ
かぼちゃのアーチ 見えますかー?たくさんのかぼちゃが見事になっている

かぼちゃベイク
かぼちゃはオーブンでベイクしてシンプルにいただく。とっても甘くてそのままで美味しい。


<作ってわかる、トマトケチャップの真実>
わたしたちがお世話になったのは4月。夏が終わり、短い秋がやってきた時期でした。
ガーデンでは、トマトがこれでもか!というくらい賑やかになっているところでした。
最盛期は越えたというものの、毎日毎日収穫してもまだまだ実がなっていて、こんなにトマトを収穫したのは初めてでした。
しかも、そのバラエティの多さときたら!
赤、黄色、緑、黒、丸いの、長細いの、でこぼこしたの、小さいの、大きいの・・・覚えられないくらいの種類のトマト。
昨年は不作だったようですが、今年は大、大、大豊作。
たくさん採れたり、全然採れなかったり、経験を重ね、試行錯誤しながらの今年の大豊作だったようです。

トマトいっぱい
毎日毎日、熟れてくるトマトを収穫 こんなにできるのね!と嬉しい悲鳴

食べきれないくらい収穫できたトマトは、トマトピューレやチャツネ、ケチャップにして保存食とします。
保存食作りも全部ポールが自分でやっていて、キッチンのパントリーは男の一人暮らしとは思えないくらいの充実ぶり!

ここで、わたしは採れたてトマトで初めてケチャップを作りました。
採れたてフレッシュなトマトでケチャップを作るなんて、なんて贅沢な!!
と思ったんですが、食べても食べてもまだまだ熟れてくるトマトがあるので、保存食作りは理にかなったもの。

大きな寸胴鍋2杯分のトマトを、炒めた玉ねぎとにんにく、同じくガーデンから採れたハーブと一緒に、煮込んで煮込んで、濾して、煮込んで・・・水分をとばして出来たのは始めのトマト量の1/3くらいのケチャップ。
あんなにあったトマトも、ケチャップになると「あれ、これだけ?」って寂しく感じるくらい。
小瓶一本のケチャップを作るのに必要なトマトの量がどのくらいか、作ってみるまで想像もしたことがありませんでした。
そして、市販のケチャップと比べると明らかなのがその色の違い。
自家製ケチャップは、決して鮮やかな赤色ではなくて、自然の優しい橙色。
市販のケチャップのあの赤色はどうやって作られるのか・・・。

ケチャップ煮込み
お鍋いっぱいのトマトをぐつぐつ煮込む

ケチャップ完成
完成したケチャップ!瓶に入れたら何だかとても愛しくなってくる

今まであまり意識することなく口にしていたケチャップですが、こうして自分で作ってみて、初めてわかることって思っている以上にたくさんあります。
そして手作りの功績は何より、美味しい!ということ。
時間をかけて、愛情をかけてつくるから、すごくありがたみも感じます。

ケチャップに限らず、市販の調味料に関してはほとんど同じことが言えるのかもしれません。
わたしたちは、旅をはじめてから、料理をするときに既製の調味料はほぼ使わないようになりました。
自炊のために、色々な調味料をバックパックに入れて持ち運ぶことができない、ということも一つの理由ですが、もっと大きな理由は必要ないから、ということ。
ドレッシングも、マヨネーズも、何とかソースも本当はいらない。
いつも持っているのは、塩と黒胡椒とオリーブオイル、それと各土地土地で手に入る蜂蜜。
必要に応じて、ライムやチリやハーブを使えば、これだけで十分にやっていける。
というか、むしろシンプルでこれでいい!ということがわかりました。
日本に帰ってからも、油やお醤油、お味噌など、日々使う調味料は納得のいく良いもの(できれば自分で作りたい)にして、ちゃんと気を使っておきたいなと思っています。


<フードプリントを意識してみる 見えないところに想像力を>
ポールのファームで滞在中に口にしたものは、ほぼ国産、特にタスマニア産のものでした。
食料自給率の高いオーストラリアなので、当然といえば当然なのかもしれません。

ある土曜日、ホバートのサラマンカマーケットでわたしたちはピーナッツバターを購入しました。
「Home made in Tasumania Organic Peanut Butter」というラベルをみて、それだけで「良いもの」という認識をしていたわたし。
ポールから「ピーナッツはどこ産か知っている?」って聞かれたときに、頭にハテナが浮かびました。
「made in Tasmaniaだから、タスマニア産じゃないの?」って。

詳しく聞いてみると、わたしたちが購入したピーナッツバターは、オーストラリア本土から運ばれてきたピーナッツをタスマニアまで輸送して、タスマニアで加工しているとのことでした。
だから「Home made in Tasmania」。
うーーーん、なるほど。

+++   +++   +++

みなさんはフードプリントってご存知ですか?
フードプリント(Food Print)とは、Food(食料)とFootprint(足跡)を合わせた造語です。
食料に特化したライフサイクルアセスメントとして、ある食料の誕生から死までの環境負荷の総量(自然の生態系を踏みつけた足跡・その大きさ)を表す概念。
食料の誕生から死とは、つまり、食料の生産、輸送、貯蔵・流通、加工・調理、消費、廃棄にわたるすべての過程を指します。
(参考:東京薬科大学 生命科学部HP)
フードプリントが大きければ大きいほど、環境負荷が大きいということです。

このピーナッツバターの場合、オーガニックで国産だけれど、本土からタスマニア島まで運ばれるために、「輸送」の部分でフードプリントは大きくなっていたのです。
ここで言いたいのは、「地元タスマニア産じゃないからダメ!」ってことではありません。
購入したピーナッツバターは、オーガニックでクオリティーも高く身体にも良い、優良商品。
ただ、「国産」とか「オーガニック」っていう言葉だけじゃなくて、具体的なところまで、その裏側まで、しっかりと意識を向けることが大事なんだ。
そんな基本を学んだ一コマなのでした。

食料の輸送距離をあらわすフードマイレージとはまた違った尺度がフードプリント。
とても大事なことなので、もう少しわかりやすく、例えば、「じゃがいも」で考えてみたいと思います。

鎌倉在住の小野家の場合。
自転車で近くのスーパーに行って北海道産のじゃがいもを購入。自宅でお味噌汁の具にして食べる。
この場合、北海道で作られたじゃがいもが鎌倉に来るまでにかなりの移動距離。
もし、大規模農場で育てられていたら、栽培のために広大な土地が使われている。
土地を耕したり、肥料をやったり、水をやったり、収穫したりするのにも、様々な機械や車、水のエネルギーが使われている。
自宅での調理にはガスが、じゃがいもを洗うのに水道水が、入っていた包装のビニールとむいたじゃがいもの皮はごみとして市の回収日に出すので、廃棄のためには回収車、焼却のエネルギーがそれぞれかかっている。

ここ、ポールのファームの場合。
自宅のガーデンでじゃがいもを有機栽培。保存は土の中で。育てるために必要な水は雨水、肥料は自前のコンポスト。
ガーデンから食卓までは徒歩1分。じゃがいもを洗う水は雨水、洗った後の水はガーデンの水遣りに再利用。
オーブンで焼き揚げチップスに。皮はむかずにそのまま食べる。芽の部分は取り除いてコンポストへ。廃棄ゼロ。

じゃがいも 採りたて
採りたてのじゃがいも 大きくなっても収穫せずに、そのまま土の中で保存している。

フィッシュ&チップス
絶品!フィッシュ&チップス。採りたてじゃがいもはほくほくのチップスに。魚も近海でとれた地のもの。

自然環境に与える影響の差は、こうして並べてみるとよくわかります。
どちらが環境に良いか悪いか。見えないところで、実際に与えてしまっている環境負荷はどのくらいあるのか。
少し想像力を働かせてみると、今までみえなかった(みようとしなかった)ものが浮き彫りになってきます。
(この比較、あくまでわたしの理解の範疇です。もっと詳しく勉強したいな。)

+++   +++   +++

最近、このフードプリントを意識するようになりました。
身体に良いからオーガニックのものを選ぶ、地域経済のために地産のものを選ぶ。
それに加えて、地球全体の環境問題に配慮して、フードプリントが小さいものを選ぶ。
少し意識するだけで、食と環境の関係性が見えてきて、とても興味深いです。

どうやって育てているのか生産者さんに直接きいてみたい。それなら、スーパーよりもファーマーズマーケットへ。
どこの食材を使って、どうやって調理しているのか知りたい。外食するなら、ファーストフード店より、それらにきちんと答えてくれるレストランへ。

そうやって食に対する問題意識をもってみることで、少しの想像力を働かせてみることで、興味が芽生え、思考が変わり、選択と行動が変わる。
そうして少しずつ、暮らしのあり方が変わっていく。
今ではそんな風に考え、行動できるようになってきました。

タスマニアンビーフステーキ
人生で一番美味しかったビーフステーキ。このタスマニアンビーフは、ポールの友人のファームから。購入したわけではなくて、労働力と交換で得たものらしい。付け合せの野菜は全部ポールの畑から。

牡蠣をとる
その辺の海辺には天然の牡蠣がいっぱい!ハンマーを持って、はじめてとった天然の牡蠣。

新鮮な生牡蠣
新鮮な生牡蠣。ホイルで蒸し焼きにしていただいた。文句なしで美味!!

こんなことを一つ一つ考えるのは大事なんだけど、でも、なんだかいちいち面倒くさい!!というのも本音のところ。
だからわたしたちは、「結局は自給自足が一番いい!」「食の自給が一番の贅沢!!」、という考えに拍車がかかっていくのでした。

それにしても、この旅の間に、「食」について色々な価値観や考えを持つ人、様々な「食文化」に出会ってきたおかげで、「食」について真剣に考えられるようになりました。
今までも「食は大事」と思っていたけど、もっともっと根本から考えさせられたというか。
ちゃんと、自分で責任を持たなきゃという気にようやくなれた。
暮らしの中の大きな楽しみ、生きる幸せでもある「食」については、これからも関心を持ち続けていたいです。

では、また!
はるみ
こんにちは、はるです。
数日前からミャンマーに来ています。
ミャンマーに来てから、ちょっと、っていうかかなり頭痛が激しいです。

この頭痛の原因は明らか。
ざっと考えてもその原因は3つほど思い当たります。

【今の身体にお酒は必要ないらしい】
一つめの原因はビール。
暑すぎて、暑すぎて、どこにも行く気になれなくて、何もする気になれなくて。
ちょっと涼みに入ったお店は「ビア ステーション」という、なんとまぁ!なお店で、生ビールは一杯700K(70円弱)だというし、
「こんなに暑かったら飲むしかない!」「ミャンマーにはビールを飲みに来たんだ!!」と真昼間から威勢良くビールを頼んで、
「あぁー美味しい!!」って飲んでみた。はいいものの、しばらくすると二日酔いのようなひどい頭痛。

というのも、この旅の間にわたしたちのアルコール摂取量は、すっきりめっきり減りました。
水のようにガバガバとビールを飲んでいたのが今では信じられないくらい。
お酒大好き!やったのに、お酒いらなくなった。
今でも好きは好きなんだけど、別になくても全然やっていける。

普段はあまり飲まなくて、機会がある時に、ちょいっとビールを一杯、とか、ワインをグラスに一杯、ありがたく戴く。
そうすると、「あぁーー美味しい!」と驚くほど染み入って、味もしっかりと味わえる。
いつからかわからないけど、気付いたらいつの間にかそうなっていました。
以前のわたしたちをご存知の方は、この変わりように驚くかもしれません。

でも、嫌いなわけじゃないし、暑いときや疲れているときは、「ビール飲みたい!」という欲求は自然と沸いてくる。
そこで飲んだ今日の生ビール2杯。
美味しかった。だいぶ美味しかった、のです。

なのに、なのに。
この頭痛は一体なんだろう。
飲んでしばらくしてからの頭痛だから、明らかに原因はビール。
ミャンマービール、ビール界での評価も高い!と歩き方には書いていたけど、本当かい?と疑ってしまう始末。

日本に帰ったらみんなでいっぱい飲むんだから!帰国に向けてリハビリ必要!!
って思っていたものの、ジョッキ二杯で悲鳴をあげてしまっている…。

今のところ、身体はあまりアルコールを受け付けたくないようです。
この激しい頭痛がその証拠。
そして、面白いことに、わたしもまちゃも二人揃って同じ状態。
気にせずまた飲み始めたら戻るんだろうけど、とりあえず今は控えておこうと思います。
「いっぱい飲む」じゃなくて、「ありがたく、味わって飲む」、量より質、に完全に切り替えます。


【ネット依存に警告!!無駄な時間と無駄なエネルギーの使い方は止めるのだ!!】
二つ目の原因は、ずばり、i phone、PCの使いすぎ。

実は、この数ヶ月、ネット環境が整っていないところにいたり、忙しかったりで、i phone もPCも使う機会がめっきり減っていました。
必要以上に使うことはやめよう、と意識していたことと、自然いっぱい、やることいっぱいの環境にいたこともあり、ネットに縛られる生活から脱却できていました。
使うとき以外は電源を落とすのが当たり前になって、何日も手にしないことも普通でした。

だけど、この数日の間にネット使用量、i phone使用時間が急激にアップしています。
空港で長時間フライト待ちの間に、何かとi phoneを使っていた。
ミャンマーに来て、外に出る気もせずにホテルでだらだらネットサーフィンしちゃう。
溜まっているブログ記事を更新するのだ!と必死。

と、理由は色々ありますが、兎にも角にも、小さな画面とにらめっこな時間がめちゃめちゃ長くなっています。
プラス、ミャンマーはネット速度も遅いから、なかなかうまく繋がらなくて、よけい時間かかってイライラしてしまうっていう状況。
これ、完全にダメなやつ。

使っていなかった期間からの、急激に使うようになった、というギャップもあって、その影響が顕著に出ています。
この激しい頭痛として。

この頭痛、
ネット依存になるなよー!
無駄な時間とエネルギーの使い方するなよー!
という親切なお知らせのようです。


【緑が足りない!息ができない!ここから出たい!!】
3つ目の原因は今いる環境。

今滞在しているのはミャンマーの第2の大都市マンダレー。
街中は交通量が多く、自動車やバイクが交通渋滞を起こすくらいひっきりなしに走り回っています。
発展途上で、街の至るところが工事中。
今泊まっているホテルの真横もビルの建設中で、朝早くから夜遅く(23時を過ぎても!)まで、工事機器が爆音を鳴らしています。
いやー、あなた方、夜遅くまで働きすぎやから。
(雨が降ると工事はストップするらしい。雨降れ!!いますぐザーザー降れっっ!!)

日中、街を歩いていても、排気ガスのせいで空気が悪くて深く息ができません。
強烈な日差しに、アスファルトの照り返しでむわっとした空気。
視界には車、ビル、人工物ばかりで自然のものがない。
聞こえてくるのは、騒音ばかり。

歩くのがしんどくなってホテルに戻っても、すぐ隣では工事の騒音。
クーラーは使いたくないけれど、部屋は窓も開かず、暑すぎてどうしようもないので、クーラーのスイッチを入れるしかない。
変な匂いの空気が充満。

うるさい!うるさい!空気悪い!息ができない!!しんどいしんどい!!
あああぁぁぁああぁぁーーーー!!

って感じ。
久しぶりにイライラするし、この激しい頭痛ときたら。

笑えるくらい、わかりやすいです。
この環境、しんどすぎる。合ってなさ過ぎる。自然の中に帰りたい。

まちゃは、イライラしすぎて、もはや無言。もしくは不貞寝。
口を開けば「あぁ??」て何故かケンカ越し。

いやー、そうなるよね、って。
わたしよりも感情表出がストレートなまちゃが横にいるので、わたしは少し冷静になれたりするのです(笑)

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てなわけで、わたしは発狂する代わりに、ここでこうしてストレス発散をしているわけです。
久しぶりのアップなのに、こんなんですみません。。。

でも、頭痛って、色々なことを教えてくれます、ね。
普段はストレス少なく過ごしているだけに、一つ出てくる頭痛だけで、本当に身体の状態も精神の状態もわかりやすい。
この頭痛、何でかな?って向き合うことって本当に大事。

もう、ここにいるのはしんどいので、もう少し落ち着ける場所を求めて移動しようと思います。
頭痛は嫌やけど、明らかな事実を教えてくれるので、ある意味では感謝。抗うことなく従おうと思います。

しんどいスタートになったけれど、ミャンマー滞在ははじまったばかり。
残り3週間ほど、気持ちよく過ごせたらいいなぁと思ってます。
あ、なんだかんだ言っても、わたしたちは元気です。
頭痛の程度をみながら、またブログアップしたい!です!!

では、また!
はるみ
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