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こんにちは、はるです。
ワイキキで翌朝発のフライトを待っています。

今日はホノルル空港で寝るんですが、ここの空港は面倒臭いです。
空港泊する人は、夜になるとセキュリティにチェックされて、ある特定の場所に集められます。
決められた場所でしか横になれません。
さらに、空港がオープンする朝4時には起こされてしまいます。

地元の人に聞くと、これはホームレス対策なんだとか。
びっくりするくらいの数のホームレスが街中にいるワイキキ。
ホームレスが空港に居座らないように、セキュリティが廻っているそうです。

実は計三泊もホノルル空港泊するわたしたち。
別に悪いこと何もしていないのに、空港内で自由に過ごせなくて、すごく肩身が狭い思いをしています。

なんだかなぁ。。。
弱者に厳しい社会って、誰にとっても優しくないな。

**** **** ****

旅が長くなるにつれて、自分の"好き嫌い"がはっきりしてきました。
場所にしても、人にしても、食べるものにしても。

"好き!"な場合、いつも元気に笑って楽しく過ごせます。

それが、"無理だ"…とか、"しんどい"、って場合、できるだけそこから早く離れたくなります。

理由があるときもあれば、感覚的に感じるときも。

例えば、オアフ島でつい先日までお世話になっていたファームも、わたしにとってはしんどかった。
(ホストしてくれたこと、とても感謝していますが)
理由は、時間に縛られた毎日だったから。

時間になるまで炎天下の中ひたすら草抜き、時間がきたら畑に水遣りって、時計中心のスケジュール。

時計をみて、全然時間が経っていなくて何度ガックリしたことか…。

居心地がいいところは、時間なんて関係ない。
時間はあくまで目安であって、時計はあって無いような生活。

畑仕事には陽が強すぎるから休憩しよう(今さっきはじめたばかりなのに!)
雨が降ってるから、今日はお出掛けやめとこう(雨の日は一日のんびり)。
キリがいいところまでやってしまおう(いつもより長いけど、もうちょっと頑張れる!)

…という具合に、その日の、その時の、天気、気分や体調、取り組んでいることに合わせて、柔軟に過ごす一日。
これはストレスが少なくて、心にも身体にも無理のないもの。

特に旅の間、心の赴くままに、自然と時間が流れる毎日を送っているので、単に時間で拘束されることにすごく窮屈さを感じてしまいます。

これって、日本に戻った時に結構な生きづらさになるんじゃないかと思っています。

タイトなスケジュールの待ち合わせなんてできなそうだし。

時間単位で拘束される仕事とか、できなそう。

できなそう…というか、やればできる。
もちろん、やる気があれば。

けど、もうやる気がない。
やりたくないことを、嫌々することは、もうやりたくない。

「そんなのワガママ!」って言われちゃうかもしれない。
でも、実はそれでいいんじゃない?と思っている今日この頃。

ワガママをワガママで終わらせるのでなく、ワガママを当たり前にしていく暮らしを自分たちでつくっていけばいい。

やりたいことをするのは簡単。
それやりも、やりたくないことをやらない方が難しい。
好きなことを好きって言うのは容易い。
だけど、嫌いなことを嫌いと言うのにはエネルギーがいる。

それはきっと心のどこかで、「我慢しなきゃ」とか「仕方ない」って勝手に理由をつけて、素直な感情を押し殺してるから。

このオアフ島のファームでいたときも、
「これがここのやり方だから我慢して受け入れなきゃ」
「ホストしてもらってるから仕方ない」

そうやって、いつも自分に言い聞かせていました。
だから、めちゃめちゃ疲れた。
だから、ただただしんどかった。

**** **** ****

今、旅の間に感じている"居心地の悪さ"、もっと言えば、"生きづらさ"、を大切なヒントに、
自分たちにとって心地の良いステキな暮らしを築いていきたい。

そんな話をよくまちゃと二人でしています。

旅の間にできている、"心に蓋をせずに自由に過ごす日常の毎日"を日本に帰ってからも暮らしの中で続けていこう。
きっと、これは、「旅だからできている」で終わらせることじゃない。

ずっと感じていたこと。

旅=日常≠暮らし

旅=日常=暮らし

にしていきたい。

今、そんな風に思っています。
そしたら、日本で暮らしを始めてからも、旅は日常の暮らしの一部になる。

それって、旅は終わらないってこと?
そんな毎日、めちゃめちゃおもしろそう。

**** **** ****

そんなことを考えながら過ごすフライト待ちの時間。
ヒマな時間の妄想って、夢が膨らんでワクワクするから大好きです。

「器小さいな、ホノルル空港!」なんて思ってたのもどうでもよくなりました。

今日も心穏やかに、ぐっすり眠れますように。
ではまた!

はるみ
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こんにちは、まちゃです。

今はオアフ島のとあるファームに滞在しています。

あちこち色んなファームやお家を回りながら旅していると、正直居心地が悪いな、とか、自分達にはここは合わないな、とか思う場所に辿り着くこともちょこちょこあります。

正直今いるファームもとても居心地は悪いです。

そんな時でも、学ぶことは必ずあるので、それはそれでいいと思っています。

合わないと思ったら、早めに出て行くことも出来るし。

僕達が普段利用しているホームステイの決まりでは、そのお家の手伝いを一日数時間やることになっています。

しかし、ここのファームのように、そこのやり方が自分達に会わない場合、「これがここのやり方だから」、と心を押さえて割り切って仕事や手伝いをやってしまっている自分に気づく時がたまにあります。

「あ、自分、今割り切っちゃってるなぁ」みたいな感じで、そういう心の動きにすごく敏感になったと思う今日この頃。

そして、そんな風に「割り切ること」って普段の生活の中でも、よくあると思います。

日本にいた時も、仕事だから割り切ってやらないと、とかよく聞く言葉だったし、まぁよくある話だと思います。

でも最近思うのは、本当は割り切っちゃいけないんじゃないかな、ということです。

割り切ろうと思えば割り切れちゃうんだけど、それをしちゃったら、心が沈黙してしまう。

それをしたらもう心は何も言ってくれなくなる。

仕事だから、生きてくためには仕方ないから、と割り切る。

でも実は仕方なくないんじゃないかな、と思います。

別に生きてくために、何かを割り切る必要なんか無いし。
一切割り切ることなく生きていけるよ、て言えるような暮らし方がしたい。

それがこの旅を終えた後、僕達がしていきたいこと。

改めて確認することが出来ました。

まちゃ
一昨日は自分の30歳の誕生日だった。

奇しくもその日、僕は長年言いたかったけど言えなかったことをある人にメールで伝えた。

ずっとその人の気持ちが苦しかった。

自由に生きていいと言ってくれたらどんなに楽だっただろう。

誰も人の心を縛り付けることは出来ない。

人間は誰からも心の自由を制限されない権利を持っている。

健全な環境であれば、心の自由を得るために戦ったり、誰かを説得したりする必要などないはずだ。

その人に気持ちが伝わったかどうかわからない。

でも言いたいことは言えた。

その夜、不思議な夢を見た。

死んだおじいちゃんが出てきた。
元気だった頃と変わらない優しい笑顔で迎えてくれた。

夢の中で、死んだおじいちゃんがいるから、「これは夢だ」とすぐ気づいた。

その瞬間、まるで夢ではなく現実の世界にいるかのように感覚がリアルになった。

でも夢は覚めない。

おじいちゃんと二言三言何気ない言葉を交わした後、目が覚めてしまった。

こんな感覚は初めてで、しばらくボーッとしていた。

「それでいいよ。」と、おじいちゃんが言ってくれたような気がした。

勇気を出して、言ってよかった。


ということで、30歳になりました。
特別に意味のある年になりそうな予感。

まちゃ
こんにちは、はるです。
ハワイ島からオアフ島に移動し、滞在先ファームが変わりました。
今はハワイ島での暮らしが恋しくて仕方ありません。
ハワイ島の家に帰りたくてホームシック。

今日は、とても心地良かったハワイ島での滞在を通して考えていたことのお話です。

【大きな心でいるために】
心の大きな人でありたいです。
というより、大きな心でいられる状態で毎日を過ごしたいです。

人の心って、その時の状態や環境で大きくも小さくもなると思うから。

リラックスしていて、余裕があって、好きなことをしていて、ハッピーで。
そんなときは、人の心は膨らんで大きくなっている。

逆に、忙しくていっぱいいっぱいだったり、疲れていたり、誰かと競争してたり、ケンカしてるときは、心がきゅーっと縮こまっている。

心が小さいとは言いたくない。

きっと、本来の大きさが何かの理由で一時的に萎んでいるだけ。
誰でも心が小さいときはある。

大きい心の中には、包容力だったり、許す力だったり、認める力だったり。
人と、自分と、まわりの環境と向き合うために必要な要素がつまっている。
心の中は、たくさんの愛で満たされている。

大きな心の人は笑顔がステキ。
大きな心の人といると、ほっとする。

わたしも、そんな大きい心の持ち主でいたいです。
そんな大きい心を自然に携えられる、穏やかな状態で過ごしたいです。


【心の中に持っておきたい大切なもの "クリアな空間"】
大きな心でいることと同じく、いや、それよりも、もっと大事にしたいことがあります。
心の中に常に持っておきたい、とっても大切なこと。

それは、心の中に"クリアな空間"を持っていること。
何にもない、無の空間。
良いも悪いも、好きも嫌いも、何の評価も判断もない、"クリアな空間"。

この空間があると、物事をきちんと受け止めることができます。

自分にとって、未知のことも、違う価値観、考え方のことも。
もしかしたら、嫌いなことや苦手なことと結果的にはなってしまうかもしれないことも、まずは心の中のこの"クリアな空間"に置くことができます。

この空間がないと、物事を心の中に入れることすらできず、心で感じる前から拒絶してしまいます。突っぱねてしまいます。
それってとても悲しいし、もったいないこと。
心はいつまでたっても成長しない。

心の中に置いてみて、しっくりきたら、それは自分に必要なもの。
ごっくりと吸収すると、その分だけ心はまた大きくなる。

心の中に置いてみて、しんどかったら、それはきっと自分には合っていないもの。
そんなときは、我慢せずに出ていってもらったらいい。
無理してずっと置いていたら、心が重く、堅くなっちゃう。
必要なものを吸収する、柔軟性がなくなっちゃう。

心の"クリアな空間"に一旦おいたもの。
そのものに居続けて欲しいのか、出ていって欲しいのか、時々出入りして欲しいのか、はたまたそんなことはわからないのか…。

そういうことは、自分の心で感じて決めたらいい。
他の誰も決められない。他の誰も決めてくれない。
決められるのは、ただ自分だけ。

そんなことを感じるための"クリアな空間"。
これを心の中に持っていることはとっても重要。
何も詰まってなくていい。空っぽでいい。
何よりもクリアであることが大切。

いつも、いつまでも、無邪気な子どものように、物事をそのまま受け止められる"クリアな空間"を心の中に持っていたい、そう思います。

"クリアな空間"が十分にある、大きな心の持ち主でありたいです。


【なぜ、今この記事なのか】
ハワイ島で過ごした間、とっても幸せでした。

お世話になった人たちは、皆大きな心で接してくれました。

重いバッグパックを担いで歩いていたら、ヒッチハイクをしていたわけでもないのに、車を止めて声をかけて、乗せてくれた人がいました。

道を尋ねたら、夜中にも関わらず、親切に案内してくれた人がいました。

ホストをしてくれたアントンは、ヒッチハイカーをよくひろっていたし、ある時はそのまま家に連れて来て泊めてあげたりしていました。

わたしたちにも、
「いつでもここに戻っておいで。連絡せずとも来たい時に来たらいい。ここはマサとハルミのハワイのホームだから。」
って言ってくれました。

ハワイの人は心の大きな人が多いです。
アントンもとっても心が大きかった。

そして、まずは物事を、目の前のその人を、そのまま受け止めています。
まさに、心に"クリアな空間"を持っているからできることだと思います。

だから、一緒にいて自然体の自分のままでいられたし、とっても居心地がよく、幸せだった。

一緒に過ごす時間が増えるにつれ、アントンとたくさんのことを話すようになりました。

ここでは詳しいことは書かないけど、アントンはかなり型破りな生き方をしています。
はじめに聞いていたら、ちょっと引いてしまっていたかも。

でもそれは、ひっくり返すと、わたしが気付かないうちにたくさんの型を持ってしまっているということ。

引いてしまうというのは、何も知らないうちからマイナスのラベル付けをしてしまうということ。

それってとても愚かなことだと思います。

色んな意味で世界を広げてくれたこと、大きな心で、心の中の"クリアな空間"でわたしたちと接してくれたこと、アントンに対して感謝の気持ちでいっぱいです。

そんなわけで、ピースフルなハワイ島の環境のおかげで、大きな心を持った温かい人に囲まれたおかげで、わたしも自然と大きな心でいられたな、と思います。

そして、アントンのおかげで、心の中の"クリアな空間"の重要性について考えさせられました。

ハワイ島での生活は本当に意味深いものでした。
またいつか戻ってこようと思います、心安らぐハワイ島のマイホームに。

ではまた!
はるみ
(現在地)オアフ島 ハワイカイ
(記事)ハワイ島 コハラ

こんにちは、はるです。
ハワイ島でのキャンプ・野営生活から帰ってきて、今はオアフ島に移動してきました。

**** **** ****

予定なく決行されたキャンプ・野営生活、蓋をあけてみれば5泊6日の長丁場の一幕でした。

滞在地のカラパナ(島の南東)から、目的地のコハラ地区(島の北西)までは車で3時間くらい。
トラックの荷台に椅子をつんだ特等席でのドライブは、ハワイ島の変化ある豊かな地形と気候を味わうのには絶好のもの。
所々でかわる風の温度と匂いを感じて、時々にかわる太陽の光と熱の強弱を感じて、驚くほど様変わりする風景を楽しんで。
はー、すごい!わー、すごい!ってその言葉しか知らないかのように、何度も何度も呟きました。
エネルギーが感じられるってこういうことを言うのかな。
五感がフルで一緒に喜んでいるのがよくわかります。

道中、今までみたことのない景色に出逢いました。
まだ高い位置にあるのに、絶妙な具合に太陽に薄く雲がかかって、海面に太陽が焼け付くように映し出されたもの。
あれは、海焼けというのか?雲焼けというのか?
二度とはみれない不思議な光景でした。

他にも、虹や、朝焼けや、満点の星空など自然がみせてくれるアートにじんわりと心が満たされました。

最近は本当に、いわゆる観光というものに興味がなくなって、ハワイ島では観光らしい観光はしていません。
採集生活が主だから、外食もしていません。
でも、アントンのおかげで、このキャンプ・野営生活を体験することができました。
自然の恵みを存分にいただいて、自然とともにある生活ができて、それでもう十分満足。

ビーチや丘の上や、アントンの知り合いのファーム内でテントをはって寝泊まりした6日間。
気付けば6日目?という感じで、あっと言う間に過ぎていました。

キャンプ・野営生活をすると、人間って自然に生かされているなってつくづく感じます。
感じずにはいられません。

山からひいてきた水をくんで飲み水にして。
木を集めて火をおこしてご飯をつくって。
海で泳いで、川で体を清めて。
波の音を聞きながら眠りについて。

自分が生きるために必要なものは、全部自然の中からいただいてくる生活。

街で生活していたら見えない(見えにくい)ことが、キャンプ・野営生活をするとまざまざと見えてきます。
今まで、どれだけ環境に悪い影響を与えていたのか、痛いほど感じられます。
ごめんなさい、って今さらながらに本気で思う。

ご飯を食べたあと、川の水で食器を洗うから、もちろん洗剤は使わない。
土や葉っぱやココナッツの殻で洗って、川水ですすぐ。

トイレはオープントイレ(野ション、野グソ)。
悪いものは食べてないから許してください、肥やしにしてください、ってお願いして用を足して、土や葉っぱを被せて、コンポストにする。
時に森の中で、時に海を眺めながら、自然の中で用を足すことは予想外に気持ちいい。

水洗トイレで流してしまうと、その先どこに行くのか、どうやって処理されるのか、どれだけの水が使われているのか、正直のところわからない。

限られた水資源のもとでの生活は、いかに普段水を無駄使いしているのかと考えさせられます。
いかに天然の水が貴重なものなのか、思い知らされます。

キャンプ・野営生活では、いかに自然に負荷をかけずに過ごすかが最重要ポイント。
キャンプ中はそれって当たり前のことなのに、実生活に戻ったらそうじゃなくなっちゃう。
これってすごく不自然なことだと思います。

実生活でも、変わりなく自然に負荷をかけない暮らしを送りたい。
直接、自然のエネルギーを感じられる暮らしをしたい。
今回のキャンプ・野営生活で更にその想いが強くなりました。

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キャンプ・野営生活中、食べ物のためにお金を払ったことはありませんでした。
野草や野フルーツを見つけては、採集して食べていました。

家から持ってきたお米と豆をたいたものと、採集した野草、野フルーツでいつも十分な食事ができました。
(魔法瓶でもご飯が炊けるのを初めて知って感動した!)

また、キャンプの合間に、アントンの知り合いのファームを訪ねて廻っていたので、いつも新鮮な野菜やフルーツをいただくことができました。
畑から直接とってくる、新鮮なオーガニック野菜にフルーツ。
エネルギーたっぷりで、何も調理しなくても十分美味しい。

お金をかけずとも、少しの知識と人とのつながりで、身体と心に良いものを手にすることができる事実。
アントンに大切な真理を教えてもらいました。

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こうして、キャンプ・野営生活を通して、自然との付き合い方、目指したい暮らしのかたちがまた一つ具体的になりました。

自然環境に負荷のない暮らしは、人間の身体にも心にも負荷がない。
負荷ゼロなんて、不可能なのはわかっている。
だけど、できるだけゼロに近付けたい。
我慢して無理にするのではなくて、やりたいからやる、ステキな快適な方法で。

こんなことばっかり言っていると、なんかうるさい人、こだわりのある人みたいに取られるかもしれません。
でも、これはこだわりじゃなくて、これが自然なことなんだと今は思っています。
旅をする前のわたしとは、随分と感じ方が変わったなぁと自分でも思うところです。

オフグリッドな生活を続けていると、不必要なエネルギーや物の消費にとても違和感を感じるようになってきます。
多分、これは実際にやってみて、はじめて感じること。
この違和感ってとても大切なものだし、これからも忘れずに大切にしたいです。

こうして、日本に帰ってからのステキな暮らしへの想い、妄想が膨らんでいます。

はるみ
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